絶対にやりがいは失いたくない


山田耕士さんが転職を考えたのは、30歳のとき。「監査法人の金融部門から広がるキャリアに、興味が湧かなかったんです。組織内でのポジションが下がってもいいから、新しいことにチャレンジしたいと考えていました」。

公認会計士試験に合格後、新日本有限責任監査法人に入社。約6年間、主に金融機関の監査業務に従事していました。その後、株式会社AGSコンサルティングに転職。現在、IPO事業部で株式上場支援の業務に携わっています。

「一番のやりがいは、当事者意識をもって仕事ができること」と話す山田さん。転職活動中はどんなことを考えていたのでしょうか。現在の業務内容、その面白さについてもお聞きしました。

――現在までの簡単なご経歴を教えてください。

会計士という職業を志したのは、大学院在学中でした。2009年に大学院を卒業し、同じ年に会計士試験に合格。新日本有限責任監査法人に入社し、主に金融機関の監査に従事していました。2016年に株式会社AGSコンサルティングに転職して、今3年目です。

――大手監査法人からの転職を考えたのはいつですか?

30歳のときです。1年間の監査スケジユールが終わったある日、ふと「他の世界ってあるのかな」と頭をよぎったんです。

もともと「何歳で転職するぞ」とか「監査が嫌で転職したい」みたいなことを思っていたわけではありませんでした。ただ、30歳を目前にして、このまま監査法人でキャリアを積み続けると、その後のキャリアパスが限られると考えるようになって。

監査法人で所属していたのは、金融機関ばかりを扱う部署。周囲の同僚が転職していく先は、国内外の金融機関の経理部門、IR部門、内部監査部門などでした。でも、それらには一切興味が湧かなかった。金融機関に関する仕事は規制が厳しく、社内ルールも厳格です。私は、自分で考えて動きたいタイプなんですよ。

こうして、下っ端になってもいいから、のびのび仕事ができる新しい世界にチャレンジしたいと思うようになっていきました。

――転職活動中は、どんなことを考えていましたか? 不安や悩みはありましたか?

一番気にしていたのは、キャリアの狭さですね。まず監査法人では外部の立場として企業に接するため、お客様に対して当事者意識を持って業務に携わる経験がほとんどありませんでした。また、金融機関の監査は少し特殊なので、監査法人で会計士が身に付けられるスキルのいくつかを身に付けられていないという自覚もありました。

その後、転職活動をして、規模や業種、社風の違う企業を見比べるうち、自分が大切にしていることに気づきました。

1つは、人とコミュニケーションをとる機会が多いこと。6年間のキャリアの中で、監査法人という狭い世界ながら、人とコミュニケーションをとることは嫌いではなかったし、得意だと思っていました。

もう1つは、自らが成長し続けられる環境であること。具体的には、裁量権が大きく、業務に幅があることです。これらの条件から、良くも悪くもルールが定まっていない中小の職場が視野に入るようになりました。

――その中で、現在のAGSコンサルティングに入った決め手は?

先ほどの条件で何社かの面談を受けたのですが、なかでも印象深かったのが現在の上司との面接でした。どう仕事をするかだけでなく、仕事を通して私がどう成長できるかについてすごく考えてくれていたんです。

また、現在の部署にたまたま前職の同期がいて、入社前に話を聞けたのも大きかったですね。彼からは、人を大事にする会社、人に任せる文化がある会社だと聞き、とてもいいなと思いました。

――現在は、どんなお仕事をされているのですか?

現在は、IPO事業部でベンチャー企業を主とした上場支援に携わっています。株式上場をするには、証券会社の審査、そして取引所の審査をパスすることが必要。そのために、上場企業と同レベルの内部管理体制を構築したり、審査に必要な書類を作ったりしています。

最近は、ITをはじめとしたテクノロジーを活用して、物を扱うのではなくアイデアやプラットフォームで収益を上げている会社とやり取りすることが多いですね。創業数年程度で、従業員は100人に満たない会社も多いです。

――どんなときに自分が能力を発揮できていると感じますか?

1つは、接する人が多いところ。以前は、社内のチームメンバーのほか、2~3社のクライアント担当者ぐらいしかコミュニケーションをとる相手がいませんでした。今は、1日に2、3件の客先を回ることも普通ですし、同じ会社でも日によって社長、経理の責任者、経営企画の責任者と話す相手が変わるんです。楽しいし、やりがいにつながるところだと思いますね。

もう1つは、業務の裁量権が大きいところです。期限内にゴールまでに到達することは決まっていても、そこまでの道筋については任せてもらえるので、案件ごとに自分で考えながら仕事ができています。

監査法人の経験が役立っているのは、コミュニケーションの面ですね。規模の大きなエンゲージメントの監査業務に従事していたので、調整業務がとても多かったんですよ。その際、人間が動く動機は個々に異なること、連絡する順番やタイミング次第でモチベーションが変わることなどを学んで。これは、今の仕事に生きていると感じます。

――反対にクリアするのが難しかったのは?

上場審査をクリアさせるために必要な知識は、勉強をする必要がありました。ただ、それは勉強してある程度経験を積めばできること。本当に難しいのが、コミュニケーションです。

会計監査の場合、規制等で定められたルールに沿ってロジックを詰め、社内審査を通すことが一番大事。一方、IPOでは、審査を通すために解決すべき課題が企業ごとに違いますし、課題解決の形にも幅があります。

会社としてどうしたいのか、そしてそれが許容されるかどうか。この二つのあいだで落としどころを見つけるためには、コミュニケーションを重ねることが必須です。

例えば、いくつか取れる選択肢のうち、その会社がどれを望むのか。望まれた選択肢で審査を通すには、どういうロジックが必要で、どの程度のエビデンスを準備するべきか。それをもって審査に臨む際にどのように説明するのか。

現在は、会社によって組織風土や経営者の考え方が大きく違うことに難しさを感じていますね。A社では通じたロジックが、組織風土の異なるB社では通じないことも珍しくない。論理的に考えて動く経営者もいれば、感性で動く経営者もいるので、アプローチの仕方にも多くの引き出しを持っておく必要があるんです。

――今の仕事の醍醐味を教えてください。

IPOの一番の醍醐味は、クライアントの経営層との距離が近いことです。前職だと大手金融機関を担当していましたが、経営陣はもちろん、部門長クラスでも話しをする機会はあまりありませんでした。

対して、現在は経営層、社長やCFO、COOといった人たちとやり取りができる。株式上場を目指すほど業績のいい会社を一代で築いた創業社長って、すごく個性的で魅力的な方が多いんですよ。そういった人たちから得られる刺激は、ベンチャー企業のお客様と接して、共に課題に取り組むからこそのものですよね。

――仕事のやりがいについて、前職と比較して教えていただけますか?

やりがいは、当事者意識を持って臨めることです。第三者的な関与の仕方しかできなかった監査法人の仕事に対して、今の仕事はお客さんと一緒に取り組むもの。一緒に課題を考え、一緒に解決策を考え、一緒にチャレンジして、一緒に成功したり、一緒に失敗したりする。

私が考える自身の仕事のKPIの一つが、クライアントからどれだけ食事に誘われるかなんですよ(笑)。「ありがとうございます」「助かりました」みたいな言葉は誰でも言えるけれど、業務外で誘うことは誰にでもはしない。だから食事に誘われると、「信頼関係が築けたのかな?」って。前職では金融機関の会計監査ということもあり、お客さんと会食する機会はほとんどなかったので、余計にうれしいなと思います。

――大手など他にはない現職ならではの魅力は?

AGSコンサルティングの魅力という意味では、IPOという分野においてコンサル業界の中でもトップ水準の関与実績があるため、案件に困らないこと。やりがいと学びの機会を大切にしているので、注目の案件、面白い案件に出合える確率の高い職場で仕事ができているのはありがたいです。

個人的には、社内の人がいいことも魅力ですね。「何をするかより誰とするか」とよくいいますが、一緒に働く人って本当に大事なんですよね。

――転職を検討している会計士へアドバイスをお願いします。

近視眼的にならないことがもっとも大切だと思います。転職を考えていると、どこまで給与が上がるかに興味を持ちがちですよね。でも、人生って長いんですよ。今の100万円、200万円の影響力は、たぶんそれほど大したことじゃない。特に若手会計士であれば、この先のキャリアは本当に長いので、長期的な視点で自身のキャリアについて考える必要がある。

1つは、まず世の中のトレンドについて自分なりの仮説を立て、どういった尖ったスキルセットを身に付けていくか、長期的かつ戦略的に考えることです。

監査も含めて、現在会計士が担っている業務のうち単純な作業の多くは、テクノロジーの進化によりなくなっていくでしょう。一方で、何かを判断する仕事、異なる領域を結び付けて新しい提案をするといった仕事は、しばらくは人にしかできないといわれています。例えば、こういったトレンドに対して、どういうスキルが必要だと思うかを考える。

また、毎年1000人を超える人たちが会計士試験に合格してくるなかで、いかにコモディティー化せずにいられるかという観点も必要でしょう。

もう1つは、自分にとって譲れない条件は何かを考えること。そのうえで、トレードオフを受け入れることです。すべてが満たされる仕事なんて、めったにないんですよ。何かを取ったら、何かはあきらめることになる。

私ならば、給料水準よりも、絶対にやりがいは失いたくないと思っていました。日々の業務は楽しくなくても、給料が倍になるのを望む人もいるでしょう。自分が何を大事にしていて、何ならあきらめられるのか。これもまた長期的な視点で考える必要があると思います。

<プロフィール>
山田耕士さん
株式会社AGSコンサルティング IPO事業部・公認会計士。2009年に神戸大学大学院卒業後、会計士試験に合格。2010年2月、新日本有限責任監査法人に入社。2016年より現職。

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