FAS業界から事業会社へ。両方を経験したから見えたキャリアの広がり


監査法人からFAS業界へ。そして、ファイナンシャルアドバイザー業務経験を生かす形で事業会社へとキャリアを広げてきた髙木暢子さん。M&Aに携わる面白さについて話を伺いました。

――監査法人・税理士法人でキャリアを重ねたのちに、M&A領域に転身していらっしゃいます。その経緯や思いとは?

監査法人では5年間、監査とFAS(ファイナンシャル・アドバイザリー・サービス)業務を兼務していました。その間、1年間税理士法人で移転価格に関するコンサルティング業務を担当。国際税務に関わる面白さはありましたが、せっかく企業の戦略に携わるならM&Aの方がよりダイナミックだろうと考えるように。M&A領域の知識や経験を専門的につけようと、独立系のM&Aアドバイザリーサービスを提供するプロフェッショナル・ファーム、GCAに転職を決めました。

――GCAの特徴や、FA(ファイナンシャルアドバイザー)の具体的な業務について教えてください。

GCAには、会計士の他、証券会社や銀行、ファンドなど金融機関出身者が多く、FA業務未経験の会計士だった私は、周りに追いつくのに必死でした。

FA業務は、M&A全体のプロセス、つまり、戦略の策定から対象企業へのアプローチ、実行フェーズ全てに関わる仕事です。M&Aに関わる業務の一つには、会計士の方が得意とするDD(デューデリジェンス)業務があり、これは企業の財務情報を短期間に精査し、資料の整合性を確認しながら実態をあぶり出し、リスクを洗い出す仕事。これに対し、FA業務は、経営者や事業部のトップとコミュニケーションを取りながら、売り手側の場合は売却戦略の設計からスタート。買い手側の場合は候補先探しからスタートし、戦略の合理性に適うよう、案件を仕掛けていきます。

M&Aが動き出すと、各専門家から上がってきたDDレポートを精読し、ディールの懸念点をお客様に理解してもらい、M&Aを進めるためにどう問題をクリアすべきかをアドバイスしていきます。DDのレポートを読んでもどこが重要なポイントなのか分からないお客様も多いので、意思決定上の論点を噛み砕いて理解してもらい、交渉戦略を策定します。また、契約書に織り込まなければいけないリスクについてはリーガルアドバイザーと連携していくなど、企業の間に立って円滑に進めるためのあらゆる業務を担当します。また、そもそもディールを進めるべきかどうかについてもアドバイスします。

FA業務では、関係者が非常に多く、各方面との情報共有もとても大切。DDを担当する会計士、弁護士、コンサルティング会社など各領域のプロフェッショナルたちに、ディールの背景や企業の関心や懸念点を理解してもらい、いかに連携できるかがポイントとなります。また、大きな企業になると社内政治や独自の事情も入ってきてより複雑になることもあります。最後は契約交渉のフェーズになり、ディールによっては英語の契約書も読めなければいけなく、網羅すべき知識範囲が非常に広いのも、FA業務の特徴です。

 

――FA業務を進める上で、どんな経験が役に立つのでしょう

DDとFAは見ている範囲がまったく異なりますので、DDや監査経験は役に立たないのでは…と思うかもしれません。しかし、そんなことはありません。例えば、クロスボーダーのディールにおいて、契約時に必ず出てくるタックスのリスクなどは、会計士だからリスクの度合いが分かるというアドバンテージがあります。

また、私は監査経験を通じて、いろんな業種・企業の業務プロセスを詳しく見ていました。その知識は、例えばM&Aでジョイントベンチャーを作る、といった煩雑な案件で力を発揮しました。製造業であれば調達から生産、販売のどのプロセスをどっちの会社がどう貢献するかなど、分担を考えていかなければいけません。その際に、製造プロセスを詳しく知っていることで、カラーの異なる2社がどこを担当すると円滑に進むのか、より具体的にイメージすることができるのです。

FA業界の特徴を言いますと、業界知識が豊富という点では、証券会社や投資銀行のFAが強いですね。彼らは社内にアナリストを抱えていることが多く、入ってくる情報量が違います。特に、投資銀行系のFAは、最新のグローバルの業界動向を知っている点で強いといえるかもしれません。

また、国内企業のM&Aを進める上では、日系の金融機関の情報網、人脈を持っていることが強みとなることもあります。経営が苦しい企業に絡むM&Aでは金融機関との交渉が入るケースがあります。その際、金融機関がどのように動くのか社内事情や金融機関の業界事情を知っていることで、先の動きを予測しやすいといったメリットもあります。

――M&Aアドバイザリー経験を経て、その後事業会社に転職します。なぜ、事業会社という道を選んだのでしょうか。

M&Aは買い手企業にとってはあくまでもスタート。そのスタート地点の先を見たい、という気持ちが芽生えたからです。

本来はM&Aをしてからどうするか、なにをなし得たいのか、M&Aをしたことで価値をいかに高めていくかが大切なのですが、FA側にいるとディールの成約がゴールになってしまいます。事業会社に行けば、社内事情を深く知る立場になれるので、FAで培った知識を活用してM&Aの交渉が進めやすくなる。中にいれば見えることがあるのではないか、単なるディールの成約ではない成功率をもっと高めることができるのではないか。そう考え、転職を決めました。

――事業会社において、FA業界経験はどのように生きましたか

FA業務を経験したことで、FA、弁護士、会計士など関係者の動きが把握できるようになります。それぞれがどんなインセンティブで動いているかも分かるので、事業会社側から賢く専門家を活用できるようになるというメリットがあります。FAのアドバイザリー手数料は非常に高額なことが一般的なので、社内チームだけでできること、外部にどこまでの業務をお願いすべきかを明確にできれば、社内で巻き取った分は大幅なコストダウンにも繋がります。

また、M&Aの交渉は、売り手企業、買い手企業の微妙な駆け引きゆえに、アドバイザリーを挟むことによりそのニュアンスが正確に伝わってこないことも少なからずあります。全てのプロセスをアドバイザリー任せにせず、ここは当事者同士でコミュニケーションをとる、ここに関しては更なる情報も出してほしいなどといったお願いをすることもできます。案件をコントロールできるようになり、事業会社にとって必要な情報をきちんと入手することができるのです。常に中立な立場で、経営トップが経営判断できる情報を上げることを徹底し、社内の信頼も築くことができました。

 

――M&Aの経験を積む魅力とは何ですか?

経営層と同じ目線で話す機会が多く、企業が日々どんな経営判断によって動いているのかを目の当たりにできること。それは、監査法人時代では見えなかった世界です。

現在、株式会社COEING AND COMPANYの代表取締役としてM&A支援業務や経営コンサルティング業務を行うほか、社外役員としても複数の企業様とお付き合いしています。こうしたキャリアの広がりも、M&Aをアドバイザリー側・事業会社側双方から見た経験があったから。

今後は、M&A経験のニーズはますます高まっていきます。事業の動き、社会の流れを広い視野で見られるのは、M&Aに携わる大きな醍醐味だと思います。

<プロフィール>
髙木暢子さん
株式会社COEING AND COMPANY代表取締役。公認会計士。

2002年、監査法人トーマツ入社。監査部門、FAS部門を兼務したのち、税理士法人トーマツへ転籍。移転価格コンサルティング業務に従事。2007年、GCAサヴィアン株式会社入社。M&Aのファイナンシャルアドバイザー業務を経て、2011年に日本電気株式会社入社。経営企画本部コーポレートアライアンス部にて、事業買収・売却・再編に関する経営判断の助言、グローバル戦略の立案、国内外のM&A案件のプロジェクトマネジメント業務などに従事する。現在、株式会社COEING AND COMPANYの代表取締役として、プロフェッショナル及び事業会社双方の視点を併せ持つことを武器に、M&A支援業務、経営コンサルティング業務、スタートアップ支援業務などを提供。複数社の社外役員にも就任している。

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