年金アクチュアリーが活躍する領域はいくつかありますが、DB(確定給付企業年金)の数理計算業務がメインフィールドの一つであることは、ご存知の方も多いと思います。
しかし、その実務の内容となるとどうでしょうか。
実務の経験がある方以外は、具体的に何をしているのかは不明な点も多いのではないでしょうか。
そこで、DBの数理計算業務の具体的な実務について、数回に分けて解説していきます。
各社で多少の違いはありますが、ここでは一般的な内容を中心に説明していきます。
前回は、「財政再計算業務」に焦点を当てました。
今回は、「変更計算業務」に焦点を当てます。
・変更計算業務の概要と目的
まず、変更計算業務の概要と、それがDBの運営においてなぜ不可欠であるかを見ていきましょう。
前回の記事でご説明したように、DBにおける「財政再計算」とは、簡単に言うと掛金の水準を見直す計算です。
DBで掛金の水準を見直すタイミングは、大きく3種類に分かれます。
- ①前回の掛金計算から一定の期間が経ったとき
- ②継続基準に抵触したとき
- ③DBの制度設計などが変更になるとき
ここでは、①を「定期的な財政再計算」、②を「積立不足に伴う掛金の再計算」、③を「変更計算」と呼ぶことにします。
また、このシリーズでは「財政再計算業務」を①②に関する業務のことを指すものとして、③に関する業務は「変更計算業務」と分けて呼ぶことにします。
今回は「変更計算業務」に絞って解説したいと思います。
変更計算業務は、DBの数理計算業務の中では決算業務や財政再計算業務と異なり、割とレベルの高い業務です。
制度設計などの変更は多種多様でありマニュアル化が難しいため、ある程度の知識や経験を積んでからでなければ、担当できない場合もあります。
一見すると簡単な変更に見えても、実は注意すべき要素が隠れている場合があります。
そのため、変更計算業務は想像以上に複雑なことも多く、慎重な対応が求められます。
変更計算業務はDB法令上は「財政再計算」ですので、財政再計算業務と同じように厚生労働省に報告書(様式C4)を提出する必要があります。
様式C4「財政再計算報告書」の作成が、財政再計算業務の主な目的です。


変更計算業務では、財政再計算業務とは異なり、様式C2「給付設計の基礎を示した書類」も提出する必要がある場合があります。


様式C2は、給付設計の内容を記載する書類ですので、数理計算業務とは少し異なります。
ですので、数理所管ではなく別所管で作成している場合もあります。
ただし、様式C2のうち「給付の額の減額」に関する部分は、数理業務となり変更計算業務の中でも重要なポイントとなります。
給付減額の判定を行い、その根拠を様式C2に記載することも変更計算業務の目的の一つです。

また、様式C2・C4は形式的でわかりにくいので、顧客企業向けに分かりやすく説明した報告書を作成することも含まれます。
これは、各社オリジナルの報告書を作成しています。
定期的な財政再計算業務の背景には、DB法第58条がありましたが、変更計算業務の背景もDB法第58条です。第2項に定められています。
事業主等は、少なくとも五年ごとに前条の基準に従って掛金の額を再計算しなければならない。
2 事業主等は、前項の規定にかかわらず、加入者の数が著しく変動した場合その他の厚生労働省令で定める場合は、前条の基準に従って、速やかに、掛金の額を再計算しなければならない。
「厚生労働省令で定める場合」とは、DB則第50条で定められている場合です。
法第五十八条第二項の厚生労働省令で定める場合は、次のとおりとする。
一 法第七十六条第一項の規定により基金を合併する場合(同条第三項の規定により合併により基金を設立する場合を除く。)
二 法第七十七条第一項の規定により基金を分割する場合(同条第四項の規定により分割により基金を設立する場合を除く。)
三 法第八十条第二項又は法第八十一条第二項の規定により加入者等に係る給付の支給に関する権利義務を承継する場合(新たに規約型企業年金を実施することとなる場合又は新たに基金を設立することとなる場合を除く。)
四 次に掲げる場合(掛金の額に係る規約の変更を行う必要がない場合を除く。)
イ 加入者の数が前回の財政計算の計算基準日における加入者の数に比べて著しく増加又は減少した場合
ロ 加入者の資格又は給付の設計を変更する場合
ハ 法第七十九条第一項又は第二項の規定により加入者等に係る給付の支給に関する権利義務を移転又は承継する場合
ニ 過去勤務債務の額の予定償却期間を短縮しようとする場合又は第四十六条第一項第三号の一定の割合を増加させようとする場合
ホ その他当該確定給付企業年金に係る事情に著しい変動があった場合
DB法第58条には、「速やかに、掛金の額を再計算しなければならない」とありますが、厚生労働省令で定める場合の変更と掛金の再計算はセットです。
つまり、変更の施行日と再計算後の掛金額の適用日は同じ日となります。そのため、掛金の計算は施行日に間に合うように行う必要があります。
変更計算業務で適切な計算が行われていないと、積立不足の原因になったり逆に積立剰余の原因となります。
掛金が足りず不足が発生した場合は、前々回の決算業務編でご説明した通り、毎年の財政検証で積立不足を認識し、掛金の追加拠出が発生することになります。
そうすると、企業にとって予想外の支出となり、経営に大きな影響を与えてしまいます。
場合によっては、企業が追加掛金を拠出できず、DBの加入者・受給者に必要な給付ができなくなってしまうということになりかねません。
逆に積立剰余が発生した場合は、別に問題ないかというとそんなことはありません。
DB掛金として拠出した資金は、基本的に年金資産から事業主へ返還することは認められていません。
それは剰余が出ていても同じです。
従って、企業としては無駄なコストを負担しているという考え方もできます。
このような事態を防ぐためにも、年金アクチュアリーが変更計算業務において果たす役割は非常に重要です。
また、給付減額の判定についての背景は、DB則第6条があります。
令第四条第二号の厚生労働省令で定める手続は、次のとおりとする。ただし、前条第五号又は第六号に掲げる理由により給付の額を減額する場合は、第一号及び第二号イに定める手続を要しない。
一 規約の変更についての次の同意を得ること。
イ 加入者(給付の額の減額に係る受給権者を除く。以下この号及び次項において同じ。)の三分の一以上で組織する労働組合があるときは、当該労働組合の同意
ロ 加入者の三分の二以上の同意(ただし、加入者の三分の二以上で組織する労働組合があるときは、当該労働組合の同意をもって、これに代えることができる。)
二 受給権者等の給付の額を減額する場合にあっては、次に掲げる手続を経ること。
イ 給付の額の減額について、受給権者等の三分の二以上の同意を得ること。
ロ 受給権者等のうち希望する者に対し、給付の額の減額に係る規約の変更が効力を有することとなる日を法第六十条第三項に規定する事業年度の末日とみなし、かつ、当該規約の変更による給付の額の減額がないものとして同項の規定に基づき算定した当該受給権者等に係る最低積立基準額を一時金として支給することその他の当該最低積立基準額が確保される措置を講じていること(受給権者等の全部が給付の額の減額に係る規約の変更に同意する場合を除く。)。
給付の額を減額する場合は、DB則第6条に記載の通り、加入者や受給権者の同意が必要となります。
では、何をもって「給付の額を減額」に該当するのかということが問題となりますが、それは別途定められており、そこで数理計算が必要となります。
給付減額に該当するかどうかで、同意の有無が変わってきますので、顧客企業にとっても加入者や受給権者にとっても非常に大きな影響を与えます。
従って、給付減額に該当するかどうかの判定は非常に重要です。
・業務のタイミング
変更計算業務は、決算業務や財政再計算業務と異なり「不定期」です。
顧客企業が制度変更などを検討しなければ発生しない業務となります。
顧客企業からの依頼があり、変更内容が(仮)決定したら変更計算業務に取り掛かります。
通常、制度変更等の施行日の直前の決算日を計算基準日として財政再計算を行うことが多いため、決算業務が終わっていなければ終わってから取り掛かります。
ただ、多くの場合は既に決算業務が終わっているタイミングで依頼が来ますので、すぐに取り掛かることになります。
変更計算業務では、定期的な財政再計算と同様に、特別掛金やリスク対応掛金をどのように拠出するかを顧客企業が決めることができるため、その意思決定の期間を念頭に置いておく必要があります。
さらに、掛金水準の結果によっては、顧客企業が制度変更の内容を見直すこともあるため、スケジュールには十分な余裕を持たせることが重要です。
また、顧客企業の意思決定後も、定期的な財政再計算と異なり、規約を変更する箇所が多くなる場合があります。様式C4に加え、様式C2の作成も必要です。
厚労省に報告書を提出する期限を考えると、制度変更等の施行日の半年くらい前には、顧客企業の意思決定が完了しておくことが必要となります。
・数理計算業務のミッション
様式C2・C4を作成するために、アクチュアリーとしては特に以下のことがミッションとなります。
変更内容の確認
まずは、顧客企業から依頼された変更内容を正確に把握します。
基本的には、変更計算業務の前に営業担当者やコンサルティング担当者で変更内容を把握し顧客企業と検討しているはずなので、依頼内容をそのまま計算業務に反映させれば良いです。
ただし、DBはかなり複雑であるため、法令違反になるような依頼になっていないかどうかや、数理面から問題点がないかどうかはこの時点でできる限り確認し、懸念があるようであれば早めに顧客企業に再検討を促す必要があります。
基礎率の算定
脱退率や昇給指数などの基礎率を算定します。
定期的な財政再計算では、基本的に全ての基礎率を見直しましたが、変更計算の場合は必要な基礎率のみ算定します。
例えば、DBの給付額の算定に使用する給与水準の変更のみであれば、脱退率の算定は行わず昇給指数のみ算定します。
基礎率に影響しないような変更内容であれば、基礎率の算定は行いません。
標準掛金の算定
基礎率が決定したら、標準掛金を算定します。
変更後の制度設計に基づいた標準掛金となるため、変更内容によっては大幅に増減することもあります。
また、標準掛金に影響しない変更内容の場合は、標準掛金の算定は行いません。
特別掛金の算定
標準掛金が決定したら、変更後の状況で積立不足が発生していないかどうかを確認します。
積立不足が発生していれば、特別掛金を設定する必要があります。
特別掛金は、償却方法や償却期間を顧客企業が選ぶことがでるため、いくつかのパターンを計算しておいて顧客企業に提示することになります。
財政悪化リスク相当額の算定
財政悪化リスク相当額は、財政再計算の度に計算しなおすことになっているため、計算基準日時点の資産や負債の状況を踏まえて算定します。
リスク対応掛金の算定
財政悪化リスク相当額を算定した結果、リスク相当額掛金を拠出が可能な場合は、顧客企業の意向に応じてリスク対応掛金を算定します。
特別掛金と同じく、償却方法や償却期間を顧客企業が選ぶことができるため、いくつかのパターンを計算しておいて顧客企業に提示することになります。
減額判定
今回の制度変更が「給付の額の減額」に該当するかどうかを確認します。
制度変更の内容から明らかに「減額でない」と判定できる場合は、数理計算を行わないこともあります。
ただし、明らかでない限りは、加入者・受給権者ごとの通常予測給付現価及び最低積立基準額を算定して判定することになります。
計算結果の分析
算定した基礎率や掛金がどうしてそのような水準になったのかを分析します。
変更内容によっては、非常に複雑な場合もありますので、丁寧な分析が必要です。
顧客企業から質問されてもすぐに答えられる状態にしておく必要があります。
その他、数理上影響のある事象が発生していないかの確認
ただ計算を行うだけでなく、数理上影響がある事象が発生していないかを確認し、場合によっては事象によって適切な対応を行います。
また、「変更内容の確認」で法令違反や数理面の問題点を確認しましたが、計算中にこれらに気づくこともあります。
その場合は速やかに対応する必要があります。
スケジュールがタイトな場合は顧客企業の希望するスケジュールで報告できなくなり、対応を誤れば、スケジュールの遅れや顧客企業からのクレームに発展するリスクもあります。
・業務量(案件数)
業務の発生が不定期なので、決算業務や財政再計算業務のように事前に想定することが難しいです。
年によって多い少ないがありますが、私の経験値ですと案件数は保有する案件の1%~10%くらいではないかと思います。
変更計算業務のピークについても何月とはあまり言えませんが、強いて言えばやはり4月から新制度を適用したいという依頼が多いので、8月や9月に変更計算業務を行うことが多いように思います。
月によっては変更計算業務が全く発生しないことも珍しくありません。
少し長くなりましたので、続きは(後半)で説明しようと思います。
次回は、データの入手から計算、結果分析までの具体的な手順について詳しく説明します。
ペンネーム:mizuki