―アクチュアリーを目指すきっかけは何でしたか?
「アクチュアリー」という職種を知ったのが大学4年時で、学生時代は人生計画をまったく立てていませんでした。神戸大学理学部数学科に在籍していましたが、そこを選んだのも実家から近いし、単に数学ができるってカッコいいと思ったから。当時、数学科卒業後の道といえば「大学院進学」か「数学教師」か「メーカーのSE職」のいずれかが主流でした。しかし私は、院に進むほど勉強熱心でもなく、教師になれるような人格者でもなく、コンピューターは苦手と、何にも適していない(笑)。どうしようと駆け込んだ大学の就職課(キャリアセンター)で、数学を生かせて年収も高い「アクチュアリー」という仕事があると知り、これしかない!と食いつきました。不純と言えば不純です。90年代前半の当時はバブル末期だったので、内定も比較的容易にもらえる時代。大手銀行のアクチュアリー採用として、社会人生活をスタートさせました。
―国内信託銀行から外資系コンサルティング会社へ。どのようにキャリアを選んできましたか?
20代は、年金信託部の数理部門で業務をこなしながら、5年かけてアクチュアリー正会員になりました。入社1年目に1科目でも受からないと、アクチュアリー枠から外されてしまう暗黙のルールだったので、「合格しなければ人生が終わってしまう」ほどの危機感でした。
7年勤務したのち、当時の年金アクチュアリーの業界では珍しかった“転職”をして、国内の別の大手信託銀行へ。しかし、企業の年金制度が適正に運営されているかを確認するいわゆるルーティン業務は、年金アクチュアリーとして王道的な仕事であったものの、私にとっては刺激に欠けていました。「銀行に属するアクチュアリーのひとり」ではなく、「アクチュアリーの谷岡」として、お客様に直接提案できるような仕事を手がけたい。その思いが強くなり、33歳で外資系人事コンサルティング会社への転職を決めました。そこで約7年間の年金コンサル業務を経て、8年前にPwCに入社しました。
―日系企業から外資系企業へ。働き方はどのように変わりましたか?
責任の感じ方がまったく変わり、自分は(会社からの)期待に応じた価値をきちんと出せているのかと、強く意識するようになりました。具体的には、外資系では自分のクライアントに提示する時間単価が決まっており、常にかけた時間に見合った仕事をしているか、を気にするようになりました。
責任と言えば、前職の外資系人事コンサル会社では、あるお客様から企業年金の制度変更について相談されたことがありました。「信託銀行から制度をこう変更してはどうかという提案があったのですが、どう思いますか」と。私は、その信託銀行の提案とは異なる、5年・10年後の予想図を描いていたので、「こうした条件をクリアしていけば、5年後には年金にかかる費用がここまで下がるはずです」と提案し、それをお客様に採用していただいたことがありました。私がやりたかった仕事はこういうことだ!という達成感と同時に、企業の経営に踏む込む責任の重さに身震いしたのを覚えています。
―PwCコンサルティング合同会社への転職を決めた理由は何でしたか?
今まで信託銀行以来、ずっと携わってきた年金制度はあくまで“会社の人事制度の中の1パーツ”に過ぎません。年金コンサルを行ううちに、年金制度のみを語るのではなく、人事制度全般を把握できるアクチュアリーになりたいと思うようになったからです。そこで、アクチュアリーが不在だったPwCの人事コンサルティング部門に活躍のフィールドがあるのでないかと考えました。
欧米では、人事コンサルのトップにはアクチュアリーが多いと聞きます。日本でもそうあるべきだと思ったのも、転職理由の一つでしたね。
―現在の仕事のやりがいを教えてください。
思い描いていた通り、人事全般の仕事が多く、人事制度設計に携われているのは非常に面白いです。また、人事・年金デューデリジェンス(DD)という、新しい業務領域を確立できたことにも満足しています。
DDは、企業買収(M&A)を行う際に、買収先企業の財務状況を多角的にチェックする仕事です。人事・年金DDは、その中の、人事制度に特化したリスク調査業務。8年前に始めたとき、人事・年金DDを行うケースは少なかったのですが、今では多くの企業で(M&Aの際に)実施しています。
企業を買収すべきか否かの重大な判断において、買ったらどうなるのか、人事的観点からより正確に未来図を示すことが私の役割です。あるとき、買収をほぼ決めようとしていたお客様に対して、「(買収企業の)人件費上昇や労働組合の強さから、10年後にはこういうリスクがあります」と未来図を示し、結果的に買収断念のトリガーになったことがありました。会社の運命、その会社に属する従業員の生活まで大きな影響をもたらす決断に自分が関わっている。その責任の重さはやりがいにつながっていると同時に、身が引き締まる思いです。
―アクチュアリーとして活躍するために、どんな力が求められると思いますか?
数字だけを見せるのではなく、自分の言葉で、その数字が意図していることを、いかに分かりやすく表現できるかが大切です。10年後の会社の状況について、私とお客様が同じイメージを持てなければ、提案や意見はなかなか受け入れていただけません。どんな言葉で伝えるべきかを、突き詰めて考える力が必要だと思います。意外かもしれませんが、仕事に全く関係のない雑誌、ドラマ、映画、あらゆるところに表現力を磨くヒントは転がっています。
―アクチュアリーを目指す方へ、メッセージをお願いします。
アクチュアリーの試験は難しいけれど、勉強を続ければいつか合格するものです。根気強く努力を重ねていれば、不安に思わなくても大丈夫です。
アクチュアリーとして大事なのは、日々色々なことに疑問を感じる力だと思います。例えば通勤中でも、毎日ちょっとした変化は必ずあるはず。「この電車にいつも乗っているあの人、格好が変わったな。仕事が変わったのかな」「道に置いてあったオブジェがなくなってるけど、どうしたのかな」など、疑問を抱こうと思えば、身の回りにはさまざまなクエスチョンにあふれています。その“気づく力”が、仕事において、分析や提案の幅を広げるヒントになります。身の回りのささいな変化にアンテナを張る習慣を、ぜひ大切にしてほしいですね。
**プロフィール**
谷岡綾太さん
PwCコンサルティング合同会社。年金数理人/日本アクチュアリー会正会員 ディレクター。国内信託銀行、外資系年金コンサルティング会社を経て、2008年にPwCに入社。