書評(山内氏の保険数学)その2


2023年3月のコラム「書評(山内氏の保険数学)その1」の最後の部分で、

“タイトルをご覧になり、“あれっ?”と思われた方がいらっしゃったかもしれませんが、近々“その2”を披露できればと鋭意準備中ですので、ご期待ください。”

と記しました。

そこで、今回のコラムでは“その2”として、手元にある『数学ライブラリー13 保険数学 日本アクチュアリー会 会長 山内正憲著 森北出版株式会社』(以下、「本書」という。)について、気づいた点などをいくつかご紹介いたしましょう。

1.価格

本書は、1969年9月1日に第1刷が刊行されましたが、手元にある本書は、1970年1月20日の第3刷となります。全222ページから成るA5版の書籍で(当時の)価格は950円です。
ちなみに、1970年頃の物価水準は、例えば、“消費者物価指数の推移(1950年以降)”をみると、2020年を100とした場合、1970年頃は30前後の水準であるため、現在の物価に換算すれば3,000円程度となりますので、発売中の生保数理関連書籍と同水準の価格設定と言えるでしょう。

2.表紙での気づき

本書の著者である山内正憲氏は、日本アクチュアリー会の会長であることが表紙に明記されています。筆者が社会人として同会に入会した1994年当時、同会に会長職がなく、2000年代に同職が「復活」したことを同会の年次大会で知りました。
会長職の復活については、その背景などを存じ上げませんが、同会の定款の第21条によれば、“理事長以外の理事のうち、1人を会長とすることができる。”とあります。このため、会長職は必須ではない模様です。

ちなみに、同会の最初の会長は矢野恒太氏であり、同氏は日本生命で社医を務められ、保険業法の起草に携わり、農商務省初代保険課長として活躍された、第一生命の創設者でもあります。(https://www.dai-ichi-life.co.jp/company/info/yano.html
来年の就職活動に向けて、第一生命を目指されている学生の皆さんは、是非、偉大なる先人たちの情報を身に着けて、就職面接に臨まれるといいかもしれませんね。
1900年の保険業法創設で新たに「相互会社」が導入されましたので、株式会社化をどう感じられているのか、矢野氏に是非、お伺いしたいところです。

3.「序」の秀逸さ

“「数学は科学の女王である」とC.F.ガウスによりいわれてから、すでに2世紀の歳月を閲している”から始まる本書の「序」は、何度読み返しても清々しく感じられます。(←もちろん、初めてこの文章に触れたとき、“閲している”のヨミとイミを調べたことは言うまでもありません(笑))

ガウスといえば、“平方剰余の相互法則”などの「代数的整数論」が有名ですが、同じく、岩澤健吉氏の「代数関数論」の「序」である、“周知のごとくDescartesは今日の解析幾何学の創始者であるが”から始まる「緒言」も、是非、ご一読いただきたいところです。幸い、岩波書店のご厚意により、その一部がPDFファイルで提供されているのも、非常に喜ばしい限りであります。(https://www.iwanami.co.jp/moreinfo/tachiyomi/0063357.pdf

なお、日本アクチュアリー会資料によれば、1963年に“社団法人化”が遂行され、それまでの(単なる)職業団体から専門職団体として益々の発展を遂げるきっかけとなった時期に、本書が刊行されたことも、偶然の一致では決してないようにも思えます。

4.章の順番

『第5章 純保険料』、『第6章 平準純保険料式責任準備金』および『第7章 営業保険料』という流れは、現在の生保数理の教科書『生命保険数学 二見隆著(日本アクチュアリー会)』に引き継がれています。
筆者が初学者の頃、営業保険料が終わる前に責任準備金が登場したことに戸惑いましたが、同会会長からの“流れ”であることで納得感が得られました。
なお、多重脱退表に関する議論(例.就業不能保障保険など)は、本書では取り上げられていないため、現在の生保数理の教科書(特に、『第3章 脱退残存表』に比べると章の順番通りに読み進めてよい点は、非常に読みやすいように思います。

5.時系列分析

もう10年以上前の出来事ですが、当時の保険数理専門官(K氏)から、“算出方法書の正しさをチェックするために時系列分析を行うことが有効”との貴重なアドバイスを頂戴いたしました。
本書では、第12章で時系列分析が紹介されております。
残念ながら、K氏の「監督手法」に疑義が生じ、週刊経済紙でその妥当性が記事となり、惜しくも退官されたのが何とも悔しい限りではあります。日本だけではなく世界を代表する損害保険会社の一員としてご活躍されていた頃が、本当に懐かしい限りです。

6.クーン・タッカーの定理

本書では、「クーン・タッカーの定理」が登場します。残念ながら、現在の生保数理では、その存在感が消えゆくように思われます。
クーン・タッカーの定理については、日本アクチュアリー会の論文でも紹介されていますので、ご興味のある方は、是非ご一読いただければ幸いです。
https://www.actuaries.jp/lib/y_ronbun/pdf/H13-2.pdf

7.『前観法』と『後観法』

「2019年1月19日 (土) アクチュアリー試験講評(2018年度 生保数理 編)」のコラムで紹介しました、“『前観法』、『後観法』の公式”も、本書で紹介されていますが、保険料払込方法が連続払の場合などに十分適用できる公式です。
余力があれば、是非押さえておきたいですね。

8.資産運用に関する章

1991年のバブル崩壊後に、ソルベンシー・マージン基準やアクチュアリー人材の資産運用部門への配置など、昭和40年代から既に将来を見越した上での章立てを行っていたとするならば、まさに、先見の明をもって当書籍を世に送り出したものと言えるでしょう。

9.参考文献

筆者が研究会員の頃、何度受験しても「数学」に合格しなかったため、神保町の古書店を彷徨いながら「数学」の書籍を探求した結果、“ケンドールの順位相関係数”に辿り着きました。
本書の参考書籍に登場する、『M. G. Kendall, The Advanced Theory of statistics, Vol II, Charles Griffin & Co., London. 』は、まさに、順位相関係数の“ケンドール”氏の書籍かもしれません。

いかがでしたか。本書は前職で退職時に記念品として贈呈していただけたものですが、改めて、これまでのアクチュアリー人生において、多くの諸先輩方のおかげで今日の自分の立ち位置があることを心から深く感謝申し上げる次第でございます。今月の別コラム「これから生保数理を勉強される方々へ」と併せて、当コラムをお読みいただき、一人でも多くの受験生がアクチュアリー試験に合格されますことを祈念いたしております。

 

(ペンネーム:活用算方)

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