生命保険会社の決算発表は、近年、5月中の公開が主流となっていますが、ワールドカップサッカーで日本が勝利し、決勝トーナメント進出を決めた頃は、6月に公開されていたように記憶しています。
当時、決算発表日をサッカーの日に重ねて、翌日の新聞報道で決算記事を小さくしようと意図したのでは?と勘繰られた記憶がありますが、“昨年の決算発表日と同じ日に過ぎない”との反論コメントを報道で見た記憶があります。(もっとも、日本が勝利することは事前に分からないでしょうが。。。)
そこで、今回のコラムでは、筆者が生命保険会社の決算部門で経験した、様々な「特殊処理」について、記憶をたどりながら思いつくままにご紹介いたしましょう。なお、相当古い内容も含まれる点を何卒ご容赦ください。
1.有失効判定ルール
生命保険会社に対する様々なルールが『通達』の形で出される時代に、例えば、決算処理については、『生命保険会社の業務運営について(平八・四・一 蔵銀第五〇〇号)』という通達がありました。(“蔵銀”とは、大蔵省銀行局の略であり、金融(監督)庁が創設される前の主務官庁の組織名です。)
当該通達の具体的な内容は、『生命保険必携1996(生命保険研究会編)財経詳報社』722ページ以降に記載があり、例えば、「第4.経理関係 1.一般勘定経理基準 (3)諸引当金及び諸準備金 ロ 責任準備金」には、“(ホ)契約の失効処理は、猶予期間満了後二か月を超えるものについて行うものとする”という規定があり、業界内では、“失効抱き込み処理”と呼ばれていました。
なお、『生命保険必携1994(大蔵省銀行局保険部内 生命保険研究会編)財経詳報社』419ページ以降にも「2 経理 1.生命保険会社の経理について」という通達があり、上記の“失効抱き込み処理”が同じ表現で規定されています。
当該通達は、昭58.3.31(記者注:生命保険必携1994の通達は横書きのため日付が算用数字で表記)蔵銀第696号から、平5.3.23 蔵銀第360号一部改正まで改正日付が記載されていますので、恐らく、上記の“失効抱き込み処理”は昭和時代から行われていたものと推測されます。(何故、このような取り扱いをしていたのかは不明です。)
ちなみに、上記通達の次の番号は、『生命保険会社の区分経理の導入について(平八・四・一 蔵銀第五〇一号)』という通達で、現在、保険会社向けの総合的な監督指針に(その一部が)組み込まれています。
結局、平成10年6月8日にこれまでの通達400本、事務連絡等243本 のうち、通達382本、事務連絡等234本が廃止されたため、上記の“失効抱き込み処理”も(根拠規定がなくなったため)廃止された模様です。
https://www.seiho.or.jp/data/publication/history/onehundred/pdf/04part01.pdf
当時、決算部門で事業統計(保険成績)を担当していたため、上記の“失効抱き込み処理”の廃止による2か月分の追加減少契約について、どの異動科目を使うのかを議論しました。
その際、“そもそも約款上は失効済なのだから「失効高」に計上すべきではないか?”“いやいや通達廃止という特殊事情のおかげで解約・失効高(率)が多く計上されるのは、本来の姿を表していないのではないか?”等の様々な意見が出ましたが、「その他の減少」に計上することで決着しました。
2.死亡率と入院率
解約・失効率などの諸効率は、対年始率(=解約・失効高÷年度始保有契約高)で計算されることも多く、決算分析における重要な指標の1つです。
一方、例えば、新設会社の場合には、そもそも、年度始保有契約高が存在しないため、当該計算ができない事態もあります。
そこで、年度始保有契約高に加え、年度末保有契約高も用いて計算する方法もあり、例えば、アクチュアリー試験「生保数理」の教科書『生命保険数学 二見隆著(日本アクチュアリー会)』(上巻)8ページ、教科書(下巻)63ページに登場する「ハーディの公式」が代表的な事例です。
実際、上述の『生命保険必携1996(生命保険研究会編)財経詳報社』808ページに、決算状況表「35. 経営効率一覧表」(備考)9.において、総資産および運用資産に対する「平均利回り」については、ハーディ方式によるものも記載することが規定されています。
さらに、上述の「生保数理」の教科書(上巻)97ページには、死亡率に関する「ハーディの公式」ともいえる、q=D/{(A+B+D)÷2}(ただし、A:年始総件数、B:年末総件数、D:1年間の死亡件数、q:死亡率)が登場します。(なお、「生保数理」の教科書(上巻)8ページにある「ハーディの公式」では、上記の数式(分母)のDの部分が「-I」となっている点に注意してください。これは、D:支出(死亡)、I:収入(資産運用)という違いがあるためです)
具体的に数値を当てはめてみると、ある年度に死亡が1件生じた場合、A=1、B=0、D=1となるので、q=1/{(1+0+1)÷2}=1/1=1となり、この契約の死亡率は1と表示されます。
では、医療保険などにおける「入院率」についても、同様の「ハーディの公式」で計算すればよいのでしょうか?
答えは、Noです。
実際、医療保険では、入院が起きても(通算入院限度日数に抵触しないかぎり)通常、保有契約に残ったままです。このため、q=D/{(A+B+D)÷2}を用いた場合、q=1/{(1+1+1)÷2} =2/3≠1となってしまいます。
さらに、給付日数も考慮すれば、“入院率×給付日数”に基づく発生率を考える必要もあるため、死亡率にくらべると計算方法が複雑になりそうです。
いぜれにせよ、死差益のように死亡率だけで分析できる商品もあれば、入院保険のように複数の要素(例.入院率、給付日数など)で分析する必要のある商品もあるため、危険差損益の分析などにおいては、「ハーディの公式」の違いを含めて、第3分野保険を慎重に取り扱う必要があります。
3.継続率
保険料払込方法が平準払(例.月払、年払など)の場合、保険募集人に支払われる募集手数料は、通常、契約獲得時に全額ではなく、契約の継続状況に応じて分割して支払われます。これは、保険料収入の都度、保険料に含まれる予定事業費(予定新契約費)が回収されるため、収入(予定新契約費)と支出(募集手数料)のタイムラグをできるだけ少なくするための方策です。
なお、生命保険契約の継続率は、生命保険会社の決算状況表などで主務官庁へ報告されているものの、ディスクロージャー資料や決算説明会資料などでは一部の会社(例.https://www.sumitomolife.co.jp/about/company/ir/settlement/pdf/181122.pdfなど)で公開されているものの、全社的な開示には至っていない模様です。
ちなみに、ニッセイ基礎研究所のレポート『インドの生命保険会社の状況-2020年度の決算数値を踏まえての成長性・効率性・収益性・健全性等の動向(2021年11月16日付)』(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69374?pno=2&site=nli)によれば、インドでは、継続率がディスクロージャー資料で公開されている模様で、日本よりも情報開示が進んでいるかもしれません。
継続率を計算するためには、加入してからの経過期間(月数など)を把握する必要がありますが、この『加入期間』の判定がなかなか悩ましいです。実際、例えば、
1)死亡契約(←死亡しなければ契約は継続していた可能性?)
2)保険料自動振替貸付契約(←契約者は契約継続の意思がない可能性?)
3)前納契約(←前納保険料期間の継続率が前納時に確定?)
などについて、社内的に考え方を事前に統一しておかなければ、決算時に思わぬ手戻りが生じかねません。
募集手数料支払などのデータ捕捉のため、営業部門と決算部門との間で上記のようなケースについて「継続/非継続」の基準が分かれることもあり得ますので、特に、新設会社などでは注意したいところです。
いかがでしたか。新人研修後にいきなり決算部門に配属された方々は、生命保険会社の決算処理の特殊性に戸惑う場面も少なくないと思いますが、単に計算して答えを出すだけではなく、決算数値の持つ意味も考えながら業務遂行すれば、アクチュアリーとしての成長も早くなると思います。
(ペンネーム:活用算方)