生命保険協会から、「新型コロナウイルス感染症を巡る生命保険業界の取組み報告書」が、2022年4月15日に同会ホームページで公表されました。
本報告書では、新型コロナへの対応はもちろん、コロナ禍において促進された生命保険業界のデジタル化の取組みや海外主要国の状況についても整理されております。
しかし、“後世の危機管理の一助とすることも視野に入れて作成”とありますが、残念ながら、以下の論点には(意図的かどうかは不明ですが)触れられておらず、後世に残すためには、情報量がやや不足しているように感じます。
そこで、今回のコラムでは、新型コロナについて、主務官庁の御意向も踏まえながら、同報告書に盛り込んで欲しかった事項を幾つかご紹介いたしましょう。
1.金融庁発出文書
令和2年4月10日に、生命保険協会会長などに『新型コロナウイルス感染症に関する保険約款の適用等について(要請)』という文書が金融庁から発出されました。
新型コロナについて、
1)現場での混乱を未然に防止
2)保険契約者等保護の観点
3)前例にとらわれず柔軟な保険約款の解釈・適用や商品上の必要な措置を検討
という内容で、最優先事項として迅速な対応を行うことが明記されております。
営業保険料を遡及変更せず、保障範囲を拡大する措置を主務官庁自ら主導したものとして、保険史に残る、後世に語り継がれるべき重要イベントと思われます。
2.コロナ専用保険
新型コロナウイルス感染症に特化した専用保険が登場しましたが、感染者数の予測が大きく外れてしまい、僅か数か月足らずで(大幅な)営業保険料の値上げを余儀なくされました。
後述の「被保険利益」とも関係するのですが、そもそも、新型コロナウイルス感染症にり患しただけで(営業保険料に比して)大きな保険金・給付金を支払う意義を、より明確にすべきと感じております。
3.2類・5類感染症
新型コロナウイルス感染症が、どの感染症に分類されるのかが、不透明なまま、ずるずると時間だけが経過しています。
医療体制の崩壊を防ぐと共に、国レベルで感染者データを正しく把握するためには、分類を明確にする必要があるように思えます。
なお、保険会社側からみれば、特定の感染症に分類されてしまうことで、保険金などの支払いに直結する可能性がありますので、気が気ではないのかもしれませんが。
4.保険料改定
筆者の知る限り、最低でも1年間は営業保険料を変更(値上げ)した事例は、新型コロナ保険以外で耳にしたことはありません。
契約者保護を謳うのであれば、営業保険料の安定性にも配慮していただきたいと思います。
5.基礎率変更権
今回のように、主務官庁が主導して(営業保険料を変えずに)保障範囲を拡大することがまかり通れば、そもそも、基礎率変更権が意味をなさないようにも思えます。
SARSにせよ新型コロナウイルス感染症にせよ、たまたま、日本の感染状況や重症化が(今のところ)それほど大きな問題になっていないだけで、将来的に、第二第三の新型感染症が起きて、重症化される患者数が莫大になった時、今回の事例を引き合いに出して、“保険会社が破綻するまで(営業保険料を変えずに)保険金を支払え!”という市民運動などが生じた場合、いったい、誰がどんな権限で責任を取るのか、非常に心配されます。杞憂に終わることを切望します。
6.生命保険の被保険利益
生損保を問わず、“被保険利益”の存在が保険加入に不可欠の条件とされることがあるようです。では、新型コロナウイルス感染症にり患することの“被保険利益”とは、一体何なのでしょうか?
例えば、調理師が同ウイルスにり患して、味覚や嗅覚を失ってしまい、調理師としての仕事が継続できない場合、休業補償的な保険金を支払うというのであれば、当然に、“被保険利益”が存在します。
逆に言えば、新型コロナウイルス感染症にり患しても、り患前と同様の仕事に従事できれば、“被保険利益”はないとも考えられます。
新興企業として、キャッチーなマーケットに打って出ることはやむを得ないのかもしれませんが、保険会社が万一、破綻した場合、誰に迷惑がかかるのかを今一度、肝に銘じる必要がありそうですね。
7.販売チャネルの凡例
上述の生命保険協会からの報告書33ページに、【生命保険加入チャネルの変遷】が掲載されておりますが、帯グラフの内訳が6つに区分されているにも関わらず、凡例が4つしかなく、残りの2つがどのようなチャネルかが不明です。
丁寧な資料作りをお願いできれば幸いです。
いかがでしたか。新型コロナウイルス感染症は、東日本大震災などと並んで、後世に語り継が得るべきイベントですね。史実を記録しておくことは業界団体の重要な使命であり、また、保険数理に関する事項としては、アクチュアリーを含めた関係者も積極的に寄与すべきですね。
(ペンネーム:活用算方)