生保数理を勉強された方は馴染みがあると思いますが、一般的な生命保険料は、3つの計算基礎率(予定死亡率、予定利率、予定事業費率)から成り立っています。
生命保険会社は、生命保険の契約者から払い込まれた保険料(の一部)を元手に、有価証券の売買や金銭の貸付等の資産運用を行うことで収益を産み出し、少しでも生命保険料を安くする工夫を行っています。
このように、将来的に得られる資産運用収益の見込み額を利回りに換算して、生命保険料の計算基礎率としたものが予定利率です。
つまり、予定利率が高い生命保険契約は、将来的に得られる資産運用収益を高めに見込んでいますので、その分、生命保険料が安く設定されているとも考えられます。
実際、バブル時代に契約された生命保険契約の予定利率は、最近の市場金利よりもはるかに高い水準に設定されており、しかも、その予定利率は生命保険契約が消滅するまで保証されますので、そのような高利回り保険を「お宝保険」と呼ぶ、FP(ファイナンシャルプランナー)もいたりします。
それでは、予定利率が上がると、生命保険料は「必ず」下がるのでしょうか?
答えは、Noです。
Noと聞いて変だなと思う読者もいらっしゃるかもしれません。
実際、予定利率が高くなれば、将来的に得られる資産運用収益が多くなり、その分、契約者から頂く生命保険料が少なくて済むと言いましたので。
もちろん、一般的な生命保険料に関しては、このことは間違っていないのですが、このことが当てはまらない生命保険料もあります。どんなものにも例外はつきものですね。
早速、この例外を具体例でみてみましょう。
《計算の前提》
1. 生命保険商品:定期保険
2. 保険金額:1,000万円
3. 保険期間・保険料払込期間:10年
4. 保険料払込方法:年払
5. 保険金支払:即時払
6. 保険料計算基礎率:以下の通り。
(1) 予定死亡率:生保標準生命表2007(死亡保険用)
(2) 予定利率:1%および2%
(3) 予定事業費率:生保数理の教科書(下巻)11ページに記載の定期部分
この前提で生命保険料を計算すると下表のようになります。
男性 | 女性 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
予定利率 | 20歳 | 30歳 | 40歳 | 50歳 | 60歳 | 20歳 | 30歳 | 40歳 | 50歳 | 60歳 |
①:1% | 4,294 | 4,529 | 5,772 | 9,090 | 16,702 | 3,813 | 4,144 | 4,873 | 6,387 | 9,280 |
②:2% | 4,328 | 4,558 | 5,782 | 9,064 | 16,572 | 3,848 | 4,175 | 4,894 | 6,399 | 9,248 |
②÷① | 100.8% | 100.6% | 100.2% | 99.7% | 99.2% | 100.9% | 100.7% | 100.4% | 100.2% | 99.7% |
予定利率が1%から2%に上がっているにもかかわらず、年齢によっては、生命保険料が上がっていますね。
何故、このようなことが起こるのでしょうか?
それをみるために、保険料を分解してみると下表のようになります。
男性・20歳 | 女性・20歳 | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
予定利率 | 営業保険料 | 営業保険料 | ||||||||||
純保険料 | 付加保険料 | 純保険料 | 付加保険料 | |||||||||
α | β | γ | α | β | γ | |||||||
①:1% | 4,294 | 825 | 3,468 | 839 | 129 | 2,500 | 3,813 | 361 | 3,452 | 838 | 114 | 2,500 |
②:2% | 4,328 | 822 | 3,506 | 876 | 130 | 2,500 | 3,848 | 358 | 3,490 | 874 | 115 | 2,500 |
②÷① | 100.8% | 99.6% | 101.1% | 104.4% | 100.8% | 100.0% | 100.9% | 99.2% | 101.1% | 104.4% | 100.9% | 100.0% |
ここで注目して頂きたいのが、α(アルファ)の部分です。アルファとは、保険金額に比例する予定事業費率で、生命保険契約を締結するときにかかる費用(生命保険を募集した人・代理店に支払う募集手数料など)を賄うために設定されているものです。
この費用は契約締結時にかかりますので、生命保険会社からみれば、その費用は、契約時に契約者から全額を一気に払い込んで頂きたいところです。しかし、そのように保険料を払い込むと、1回目の保険料と2回目以降の保険料の水準に差が出てしまいます。
今日のように、IT技術(資金決済機能)が発達していれば、保険期間中に保険料が変わることに容易に対応できるのでしょうが、生命保険が導入された当時は、保険料集金業務を専門的に行う人がいたくらいですから、保険契約が続く限り、たとえ年齢が上がっても、生命保険料は変わらないという、実務上の工夫が施されていたのだろうと推測されます。
つまり、アルファに対応する費用を契約時に保険会社が一時的に立て替えておき、将来、契約者が払い込む保険料から徐々に回収するという仕組みを導入することで、保険料が常に同じ金額になるという訳です。
では、アルファに対応する費用を保険会社が立て替える時の「金利」は、いくらに設定されているのでしょう?
実は、その金利は予定利率と等しく設定されているのです。
したがって、予定利率を上げた場合、契約者が負担する立て替え金利も上がってしまい、それが生命保険料をあげることに繋がるというカラクリが隠されているのです。
特に、定期保険のように、保険料のうちアルファの占める割合が大きな商品では、このような現象が起こることがあります。
上表でご覧いただいた通り、同じ年齢でも、例えば50歳では、予定利率が1%から2%に上昇すると、男性は保険料が減少する一方、女性は保険料が上昇しています。これも、男性に比べて女性の方が、保険料のうちアルファの占める割合が大きいため起こる事象と考えられます。
今回の内容は、アクチュアリー試験では出題されないかもしれませんが、実務上では対処すべき課題の1つになり得ます。
アクチュアリーを目指す皆さんは、このような特異な事象が起こり得ることを念頭に置きながら、常に細心の注意をはらいつつ業務に専念することが大切だと思います。