アクチュアリー会から『「保険負債の検証責任者」の適格性に関するフレームワーク(案)』が公表されました。
これは、「経済価値ベースのソルベンシー規制」の導入に向け、保険会社が「保険負債の検証責任者」を設置するためのフレームワークですが、年金アクチュアリーに置き換えるとどうなるか、考えてみました。
題して、『「年金コンサルティングの責任者」の適格性に関するフレームワーク』
個人の主観的なものも含まれておりますので、細かい突っ込みどころがあるのはご容赦ください。
(『「保険負債の検証責任者」の適格性に関するフレームワーク(案)』より)
・コミュニケーション
<保険負債の検証責任者>
- 様々な関係者と効果的にコミュニケーションをとる
- 的確な分析をもとに明確で簡潔な提言を行い、複雑な内容を分かり易く説明する
- 取締役会等の関連する議論を把握し、必要に応じ検証結果や提言内容の報告を行う
- 提言の限界および不確実な領域を認識し、必要に応じ取締役会等で説明する
<年金コンサルティングの責任者>
- 様々な関係者と効果的にコミュニケーションをとる
- 的確な分析をもとに明確で簡潔な提言を行い、複雑な内容を分かり易く説明する
- 顧客等の関連する議論を把握し、必要に応じ検証結果や助言内容の報告を行う
- 助言の限界および不確実な領域を認識し、必要に応じ顧客等に説明する
「コミュニケーション」の内容は、それほど大きく異なることはないように思います。アクチュアリーであればほとんどの業務で必要な要素が記載されています。
コンサルティングですので、相手は取締役会ではなく顧客であろうというところと、提言というよりは助言という言葉の方がしっくりくるだろうということで、文言を少し修正しました。
・リーダーシップ/説明責任
<保険負債の検証責任者>
- 取締役会等やその他社内外の関係者と良好な関係を構築する
- チームに属するスタッフの業務を主導し、責任を負う
- 取締役会等に対し説明責任を持ち、取締役会等からの課題に効果的に対応する
<年金コンサルティングの責任者>
- 顧客等やその他社内外の関係者と良好な関係を構築する
- チームに属するスタッフの業務を主導し、責任を負う
- 顧客等に対し説明責任を持ち、顧客等からの課題に効果的に対応する
「リーダーシップ/説明責任」の内容も、同じです。
年金アクチュアリーも顧客に対しての説明責任はありますし、そのためにリーダーシップを発揮してチームを率いていくことや、関係者との良好な関係構築は非常に大切です。
・プロフェッショナリズム
<保険負債の検証責任者>
- 独立した意見を述べる。更に、必要がある場合は関係者の見解等を踏まえ、意見を再検討する
- 取締役会等による意思決定や社内外の関係者からの提案に対して、専門的立場から必要に応じ異議を表明する
- 関係者の異なる立場から生じる利益相反を理解する
- 必要に応じ、監督当局に対して、自身の見解や意見を表明する
<年金コンサルティングの責任者>
- 独立した意見を述べる。更に、必要がある場合は関係者の見解等を踏まえ、意見を再検討する
- 顧客等による意思決定や社内外の関係者からの提案に対して、専門的立場から必要に応じ異議を表明する
- 関係者の異なる立場から生じる利益相反を理解する
- 必要に応じ、監督当局に対して、自身の見解や意見を表明する
「プロフェッショナリズム」も同じですね。
いかなる状況でも誰に対しても、自身の意見を持ち、伝えるということは、アクチュアリーのプロフェッショナリズムそのものです。特に、年金アクチュアリーの場合は、相手が顧客になりますので、利益相反には深い理解が必要です。また、企業間の取引が年金コンサルティング以外もある場合には、意見の独立性にも一層の注意が必要です。
ちなみに、年金アクチュアリーの場合は、監督当局は金融庁ではなく厚生労働省になることが多いです。
・知識、環境認識及び理解
<保険負債の検証責任者>
- 外部要因が与える保険事業への影響を十分に理解する
- 保険事業に関する法令等の規制、および関連する監督当局等の方針や重要施策等を十分に理解する
- 保険事業の財務状況やリスクの技術的および実務的分野に関する、原則や慣行を十分に理解する
- 保険商品や保険事業に関連する内容を十分に理解する
<年金コンサルティングの責任者>
- 外部要因が与える退職給付制度への影響を十分に理解する
- 退職給付制度に関する法令等の規制、および関連する監督当局等の方針や重要施策等を十分に理解する
- 退職給付制度の財務状況やリスクの技術的および実務的分野に関する、原則や慣行を十分に理解する
- 退職給付制度に関連する内容を十分に理解する
「知識、環境認識及び理解」についても、内容は同じだと思いますが、対象が保険事業ではないのでそこだけ修正してみました。
年金コンサルティングの対象は企業年金制度であることが多いです。しかし、企業年金制度だけでなく退職一時金制度なども含めた退職給付制度全体としてコンサルティングすることもありますので、ここでは退職給付制度という言葉を使いました。
・技術的スキル
<保険負債の検証責任者>
- 保険負債の検証責任者に相応しい、十分な技術的スキルを持つ。なお、技術的スキルには以下事項を含む(ただし、これに限定されない)
- 保険負債の評価方法
- 保険契約のプライシング
- 再保険の契約内容
- リスクの測定、管理および軽減方法
- 資本要件
- 資産および負債の統合分析
- 保険引受方針
- リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)
<年金コンサルティングの責任者>
- 年金コンサルティングの責任者に相応しい、十分な技術的スキルを持つ。なお、技術的スキルには以下事項を含む(ただし、これに限定されない)
- 退職給付に関連する負債の評価方法
- 年金制度のプライシング
- 再保険の契約内容
- リスクの測定、管理および軽減方法
- 資本要件
- 資産および負債の統合分析
- 受託方針
- リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)
- 退職給付会計に関する会計処理
- 退職給付制度の制度設計
領域が違うので当たり前ですが、「技術的スキル」は大きな違いがあります。なるべく本家に沿った形で技術的スキルを列挙してみました。
負債の評価方法は、アクチュアリーとして最重要な技術的スキルだと思います。保険領域ではないので、退職給付に関連する負債という文言に修正してみました。退職給付に関連する負債とは、例えば、DBにおける数理債務や退職給付会計における退職給付債務をイメージしています。
年金制度のプライシングは、DBにおける標準掛金や特別掛金、リスク対応掛金などの掛金率の計算をイメージしています。年金領域では、プライシングという言葉はあまり使いませんが、保険契約のプライシングという表現に合わせました。
リスクの測定、管理および軽減方法は、財政悪化リスク相当額をイメージしましたので、この表記のままとしました。
受託方針というのは、保険引受方針とはニュアンスは異なりますが、年金制度においても、どんな規模や制度設計の年金制度でも受託するというわけではなく、各社で受託方針があります。その方針に則ったコンサルティングが必要だと考え、受託方針という表現にしてみました。
再保険の契約内容、資本要件、リスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)は年金コンサルティングの領域に類似のものは思いつきませんでしたので割愛しました。
また、年金コンサルティング特有の技術的スキルとして、退職給付会計に関する会計処理と退職給付制度の制度設計を入れてみました。
いかがでしょうか?
『「保険負債の検証責任者」の適格性に関するフレームワーク(案)』は思った以上に年金コンサルティングにも当てはまりますし、重要なことが列挙されていると思います。
今回の『「保険負債の検証責任者」の適格性に関するフレームワーク(案)』の公表を機に、年金コンサルティングに限らず、自分の業務に当てはめてみるとどうなるかを考えてみると面白いかもしれません。正会員の方は改めて気が引き締まると思いますし、これから正会員になる方は自身の目指す姿が明確になるのではないでしょうか。
皆さんも是非一度『「保険負債の検証責任者」の適格性に関するフレームワーク(案)』を自分事として読んでみてください。
ペンネーム:mizuki