持株会社のアクチュアリー(その1)


私事で恐縮ですが、この度、良きご縁を頂戴し、30余年を迎えるアクチュアリー人生で初めて『保険持株会社』に勤務することとなりました。
といっても、傘下子会社では「生命保険会社」が財務的・収益的に大きなウェイトを占めるため、従前の生命保険会社等での業務経験が活かせるところがとても有難いです。

そこで、今回のコラムでは、持株会社に入社間もないアクチュアリーだからこそ、素朴に気になる点を思いつくまま列挙いたします。
なお、想像以上に深淵な世界が広がっている感もありますので、機会が許せば、後続コラムが発表できるよう、タイトルに“その1”を付した点を補足いたします。

1.保険業法上の規定

保険業法第130条(健全性の基準)では、(単体の)ソルベンシー・マージン基準が規定されていますが、当該条文の『保険持株会社版』とも言える、同法第271条の28の2(保険持株会社に係る健全性の基準)では、保険持株会社等の経営の健全性を判断するための基準を定めることが“できる”とされています。
しかし、現時点では、例えば、生損保および銀行等の金融子会社を一括りにしたソルベンシー・マージン基準は制定されていない状況です。(もちろん、将来的にはグループ全体の当該基準が制定される可能性が大いにありますが)

2.監督指針上の規定

『保険会社向けの総合的な監督指針(令和6年7月 金融庁)』では、「Ⅶ グループベースでの監督等」において、「経営管理会社(=保険持株会社)」等に対する規定がなされています。
特に、“グループ保険数理機能”と呼ばれる機能についても規定されており、具体的には、経営管理会社では、グループ内会社を統括し、“グループ全体における保険数理に関する事項の適切性を確保する機能”を有していることが重要”とあります。

なお、ESR(経済価値ベースのソルベンシー規制)においても、保険数理機能が規定されていますので、保険グループ全体としても、ESRおよびERMなどのリスク管理態勢構築においてアクチュアリーの役割が益々重要になるものと思われます。

3.子会社間のリスク相関

保険グループ全体でリスクおよびマージンを捉える場合、例えば、生損保および銀行におけるリスクおよびマージンを、如何に整合的・合理的に捉えるかが重要なテーマになるでしょう。
このうち、マージンについては、内部留保等を単純合計しても良いように見えますが、その一方でリスクについては、単純合計とはいかず、何らかの相関を加味する必要があります。
実際、FT(フィールドテスト)では、保険持株会社用にリスク統合時において相関を考慮することとされており、このため、例えば『MOCE(モーチェ)』については、子会社のMOCEを単純合計したものが親会社のMOCEとはならない模様です。

また、生損保のリスクを合算する際、制度共済(例.JA共済等)のソルベンシー・マージン基準が参考となり、実際、
リスクの合計額=√{R1^2+(R3+R4)^2}+R2+R5
となります。(ただし、Rxは各リスク相当額で、R1:一般共済、R2:巨大災害、R3:予定利率、R4:財産運用、R5:経営管理)
https://www.ja-kyosai.or.jp/about/disclosure/pdf/disclosure_2023.pdf

同様に、東京海上日動火災保険のソルベンシー・マージン基準では、
リスクの合計額=√{(R1+R2)^2+(R3+R4)^2}+R5+R6
となります。(ただし、R1:一般保険、R2:第三分野保険の保険、R3:予定利率、R4:資産運用、R5:経営管理、R6:巨大災害)

したがって、少なくとも、損害保険および制度共済のリスク量の認識に大きな違いはなさそうです。

4.余談(普通死亡リスクの差異等)

制度共済について触れましたので、この機会に前々から疑問に感じていた点をご紹介いたしましょう。
具体的には、普通死亡リスクに対するリスク量について、JA共済では、『当該事業年度末の普通死亡に係る危険共済金額に千分の0.06を乗じて得た額』とされていますが、このリスク係数(千分の0.06)は、生命保険会社における普通死亡リスクのリスク係数(千分の0.6)の十分の一です。

10倍もの差異が生じる理由を、残念ながら存じ上げませんが、安全割増に対する考え方や設定水準等に大きな違いがあるのかもしれません。
https://www.maff.go.jp/j/kokuji_tuti/kokuji/k0000916.html
なお、JA共済の主務官庁である農林水産省から、『JA共済事業向けの監督指針の改正等について』と題する資料が公開されていますので、保険会社同様、制度共済の世界でも『監督指針』が存在する点は類似点の1つと言えるでしょう。
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2310_03human/231115/human02_03.pdf

いかがでしたか。いよいよ経済価値ベースのソルベンシー規制導入まで、あと2年を切りましたが、海外子会社を有する生命保険会社が拡大する中、グループ全体としてのリスク管理等、アクチュアリーに期待される役割が大いに広がることに喜びと責任を痛感する日々を過ごしています。

 

(ペンネーム:活用算方)

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