金融機関における生成AIの実務ハンドブック


金融データ活用推進協会をご存知でしょうか。理事の中には、昔年金アクチュアリー業務を行っていたあの人も。ビジョンは「個人の活躍のため、金融機関のデータ活用スタンダードを策定し、金融業界の魅力を発信する」。そんな金融データ活用協会が2024年5月31日に公表したのが金融機関における生成AIの実務ハンドブック。今回は、このハンドブックを参考に、アクチュアリーが知るべき生成AIのポイントを解説します。

対象読者

本ハンドブックは、生成AIを企画、提供、利用する金融機関の実務者を主な対象としています。具体的には、生成AIのサービス内容を企画し、データ前処理から提供までの一連のプロセスを管理する企画者や、AIモデル・アルゴリズムの開発を担当する開発者、生成AIモデルをサービスとして提供する提供者、そして実際に事業活動で生成AIを利用する利用者を想定しています。

生成AIを開発しているアクチュアリーは皆無だと思います。生成AIのサービスを提供しているアクチュアリーも、僕が知る限りごく少数です。大半のアクチュアリーも生成AIの利用者ですね。

金融機関における生成AIの導入事例

生成AIは、金融機関において様々な形で導入されています。例えば、社内のチャットシステムに生成AIを組み込むことで、社員の業務効率化が図られています。また、顧客からの問い合わせに対する自動応答システムや、バーチャル顧客を活用した営業トレーニングなども成功事例として挙げられます。

これらの成功事例から学ぶべきポイントは、生成AIの導入により得られる業務効率化や顧客サービスの向上だけでなく、適切なリスク管理の重要性です。生成AIの導入に伴うリスクを正確に評価し、効果的な対策を講じることで、生成AIのメリットを最大限に引き出すことができます。

アクチュアリーが知るべき生成AIの技術

生成AIの進展は、金融業界における業務効率化と新たなビジネスチャンスの創出に大きな影響を与える可能性を秘めています。生成AIで価値を生むには技術とビジネスの両面の理解が欠かせません。ここでは、生成AIの理解に必要な幾つかの用語を説明します。

プロンプトエンジニアリング

生成AIの出力の品質や精度を高めるために、生成AIに与える指示を最適化する技術のこと。未来のアクチュアリーは、プロンプトエンジニアリングについても一定の知識が求められるかもしれません。

RAG(Retrieval-Augmented Generation)

生成AIの出力の品質や精度を高める目的で、生成AIへの入力に関連する情報を追加する技術のこと。保険や年金に関する各種規制や実務基準に詳しい、アクチュアリーボットを作ることも可能です。

ファインチューニング

特定のタスクやデータに適応させるために、事前学習済みモデルを再学習させるプロセスのこと。保険や年金に特化した生成AIや、アクチュアリーの専門領域に特化した生成AIも近い将来誕生するかも。

生成AIのリスク

生成AIの活用には、いくつかのリスクが伴います。このハンドブックでは、5つの代表的なリスクが挙げられています。

個人情報・機密漏洩

個人情報・機密情報の漏洩を防ぐためには、データの取り扱いに関する明確なルールを設定し、社員に周知・教育することが重要です。

 

ハルシネーション

ハルシネーションは、メディアにも登場する機会が増えたので、詳細な解説は不要でしょう。ハンドブックでは「生成AIが実際には存在しない情報やデータを生成してしまう現象」と定義されています。生成AIの出力にはハルシネーションやバイアスが含まれる可能性があるため、出力結果を人間が確認し、必要に応じて修正するプロセスを導入することが推奨されます。

 

プロンプトインジェクション

一方、プロンプトインジェクションは、まだ馴染みのない用語だと思います。ハンドブックでは「プロンプトの入力方法を工夫しセキュリティ上の脆弱性をつく攻撃手法」とされています。悪意のあるユーザーによる攻撃です。このリスクは、AI のセキュリティやプライバシーに対する脅威となります。例えば、

  • 金融機関の個人情報や機密情報を開示させるような質問をする
  • 不適切な行為を助長するような指示や提案をする
  • 誤った情報やデマを拡散させるような情報を求める

顧客からの問合せに直接対応するチャットボットにおいて、戦争、宗教、政治といった専門外の問いには答えないよう初期設定しておいても、悪意のあるユーザーがこの制限を解除するよう指示することで、初期設定が無効にすることもできます。自社のチャットボットが不適切な発言をする画像がSNSで拡散する等、風評リスクに影響を与える可能性があります。

 

サードパーティリスク

サードパーティリスクは、保険会社向けの総合的な監督指針で「外部委託管理」に相当するものです。ハンドブックでは、「利用者のITリテラシーの欠如や提供者、利用者の責任分界点の曖昧さなどに起因して、データ漏洩のような情報セキュリティリスク、環境および社会的責任の問題、規制・コンプライアンスの懸念などのリスクが発生するケース」との記載があります。生成AIツールを使うアクチュアリーも、一定のITリテラシーが必要ですね。

 

著作権侵害

著作権侵害は、著作物の作者や権利者が持つ独占的な利用権を無断で使用する行為を指します。

生成AIの未来と金融機関への影響

生成AIの技術は急速に進歩しており、今後ますます多くの金融機関での導入が進むことが予想されます。生成AIの進展により、業務効率化や新たなビジネスモデルの創出が期待されますが、同時にリスク管理の重要性も増しています。

伝統的なアクチュアリー業務で生成AIを活用できるのか、vs. 金融機関のリスク管理部門で働くアクチュアリーが把握すべき生成AIのリスクと便益

恐らく、後者の方を優先して検討したほうがよさそうな情勢ですね。

(ペンネーム:ceraverse)

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