プロフィール
松森至宏(まつもり・よしひろ)さん
SOMPOリスクマネジメント株式会社
データアナリティクス部 データプラットフォームグループ
上級リスクアナリスト
日本アクチュアリー会 正会員 年金数理人 公認会計士
【What’s SOMPOリスクマネジメント株式会社】
全社的リスクマネジメント(ERM)、事業継続(BCM・BCP)、サイバー攻撃対策など、社会の新たな課題やリスクに対しお客さまニーズに寄り添ったソリューション・サービスを提供。一級建築士、技術士、データサイエンティストなど多様な分野の専門家がリスクマネジメントに関する豊富な知見をもとに事故・災害など企業が抱えるリスクに対し最適なサービスを提供しています。
経歴を教えてください。
2008年に数学科の修士課程を卒業してりそな信託銀行(現りそな銀行)に入社し、掛金計算や決算など、企業年金制度の財政運営に関わる数理実務を行っていました。5年ほど経った頃にIICパートナーズというコンサルティング会社に転職して、退職給付債務の計算や人事制度のコンサルティングを経験しました。IICパートナーズも数年で退職し、少し異色なのですが、大人のための数学教室和(なごみ)の大阪教室長になって、教室運営や個別指導を行うようになりました。当時の大阪教室は立ち上げ直後で、専任の職員もおらず土日のみ営業していました。そこで、「私が専任で入るので平日も営業しましょう」と掛け合って、それからの事業拡大を任せていただきました。このときはいったん自営業者になりました。数年働いた後にもう一度アクチュアリーの仕事をしようと思い、そこで分野を年金から損保に切り替えました。2018年にPwCあらた有限責任監査法人(現PwC Japan有限責任監査法人)に入所し、損害保険会社の監査や保険計理人業務など、損保関連の幅広い業務を経験しました。その後2022年にSOMPOリスクマネジメントに入社して現在に至る、という経歴です。
アクチュアリーを目指したきっかけは?
もともとアクチュアリーを目指していたわけではなくて、巡り合わせで運よくアクチュアリーに辿り着いた、という感じです。大学に保険数理の授業や演習があったのでアクチュアリーという職種に馴染みはありましたが、りそな信託のアクチュアリー採用に応募したのは偶然です。就活支援サイトに登録していたのか、いきさつは覚えていないんですが、「アクチュアリーの採用があるけど受けてみませんか」という電話がりそな信託からかかってきたんです。それで、「面白そうだし受けてみようかな」と思ったのがきっかけでした。後はタイミングですね。今はどうなのか知りませんが、当時はアクチュアリー採用の結果が出るのは他の業種よりも早くて、修士1年の2月ぐらいにもう内々定が出ていたんです。他の企業は大体4月から選考開始だったのでしばらく待ってもらっていたんですが、「あまり待たせ過ぎるのも悪いな」と思って内定を受けることに決めた、という次第です。
現在の仕事内容を教えてください。
主に、兄弟会社である損保ジャパンへの業務提供に携わっています。まず挙げられるのはデータ分析ですね。例えば、契約データと事故データを紐づけて集計・モデリングして、プライシングや再保険スキーム検討のための基礎資料を提供する、という感じです。私は企業系の火災保険や船舶保険などのデータをよく扱っています。あとは、損保ジャパンが提携しているPalantirのFoundryというプラットフォームを使った業務ですね。例えば、社内の膨大なデータをFoundryに取り込んで整備して、整備したデータを見やすいダッシュボードの形にして現場に展開する、というプロジェクトがあります。これまで現場の人たちが自分でデータを加工しないと見られない数値があったのですが、それを事前に捌いてしまい、ダッシュボード化することで業務がスムーズになるというものですね。このプロジェクトでは開発サイドのマネジメントとしてスケジュール管理やビジネスサイドとの橋渡しを担当していますが、データパイプラインのコーディングやアプリケーションのメンテナンスを自分で行うこともあります。
今の業務の面白みを感じるポイントは?
まずはいろいろな保険のデータを分析するのが面白いですね。それがやりたくて今の会社に転職してきたんです。損保や少短、共済のアドバイザリーをしていたときもデータはある程度分析させていただきましたが、自分たちがデータを持っているわけではないので、限定された範囲でしか分析できない。今は損保ジャパンが持っている膨大なデータを提供していただきやすい環境なので、気になった部分はしっかり掘り下げることができて、それが楽しいですね。
Foundryを使ったデータエンジニアリングやダッシュボード作成にも楽しく取り組んでいます。使ってくださった方から好評だと嬉しいですね。あと、今の会社に来るまでは業務でExcelを使うことが多かったんですが、PySparkを使ったりJavaScriptを書いたりと、これまで経験してこなかった技術を学べているのも楽しいです。
年金から損保へ転向するパターンは珍しいと思いますが、分野を変えようと思ったきっかけは?
アクチュアリー試験の一次試験では、生保数理・年金数理・損保数理の3つとも学ぶことになります。生保数理と年金数理は似たところがあるんですが、損保数理はより確率論的な色合いが強くなるなど、他の2つとは少し趣が異なります。そして、年金分野で仕事をしていると、よほどのことがない限り損保数理は使いません。せっかく勉強したので業務で損保数理を使ってみたい、という気持ちがあったのが大きい要因だと思います。後は、これもタイミングですね。一度年金アクチュアリーをやめて塾講師になって、またアクチュアリーに戻ることになった。「せっかくだったらこれを機に違う分野に挑戦したい」という気持ちになり、思い切って分野を変えました。
なぜ公認会計士の資格を取得しようと思ったのでしょうか?
公認会計士に興味を持ったのは、IICパートナーズで働いていたときですね。りそな信託では主に年金財政の業務をしていたこともあって、IICで働き始めた頃は退職給付の世界しか見えていませんでした。退職給付債務等の計算結果や退職給付会計の会計処理を経理の方に報告することが多かったんですが、報告に行くと企業によってずいぶん温度感が違って、「うちは退給は気にしてないから」という企業もあれば、「もう少し費用を抑えられないかなあ」という企業もある。それで、企業全体の財務状況を把握できないとお客さんが考えていることが理解できないな、と思って企業会計に興味を持ちました。
また、私がIICで働き始めたのは平成24年退職給付会計基準改正のタイミングで、期間定額基準と給付算定式基準のどちらを選ぶか、退職給付債務の計算に使う割引率としてイールドカーブによる複数割引率を使うかどうか、など会計方針に関する論点がたくさんありました。それで会計士と打合せを持つことも多かったんですが、そのとき「数理人とは違った観点からの意見が多いな」と感じたんです。何を言っているのかはあまりよくわかっていなかったんですけど(笑)。それで、「この人たちは何を気にしているんだろう?」と思って公認会計士に興味を持ちました。
もともとアクチュアリー試験で会計の勉強をしたときに、簿記は2級まで取っていました。退職給付会計は業務で使っていたので基準は読んでいましたし、お客さんが会計方針を変更したり合併したりすると、関連する会計基準も読まないといけない。というわけで、会計基準にもある程度馴染みはありました。監査法人に転職するときには、「監査ってそもそもなんだっけ?」と監査の勉強もしていました。監査法人に入ったら、アクチュアリーの業務であっても会計士のパートナーのレビューを受けることがあります。そこで入ってくる指摘からは、会計士の感覚を肌で感じることができました。という具合に、段々と実務の中で基礎知識を身につけていました。そこでたまたまコロナ禍になりステイホームの時間ができたので、「この機会に会計士の資格を取ろう」と思って試験のための勉強を始めた、という次第です。
公認会計士の資格を取得するメリットは感じていますか?
はい、メリットは感じています。例えば、業務上でも何かと声が掛かりやすくなりますね。財務や会計に関連する話があるときに、会計士の資格を持っているということで意見を求められたりプロジェクトに参加させてもらえることがあり、業務の幅が広がりやすいと感じています。
公認会計士協会の会員になれることもメリットだと思います。例えば公認会計士協会には地区会というのがあって、私だと板橋会にも所属しています。地区会では定期的に研修や新年会などのイベントが開かれていて、そのようなイベントに参加するとネットワークが広がります。そこで知り合った方が大学の客員教授をされていて、FinTech関連の非常勤講師の話をいただいたこともあります。アクチュアリーとしては少し変わったチャンスが掴めることもあるんじゃないでしょうか。
松森さんは今後のキャリアについてどのように考えていますか?
これまであまり一貫性のないキャリアを歩んできたんです(笑)。なので最近よく今後のキャリアについて考えるんですが、「これ」という定まったものはないですね。良くも悪くも、いろんなことに興味が持てる性格なんです。なので、これからもそのとき面白そうだと思ったことや求められていることに取組んでいくんだろうな、と思っています。保険業界や伝統的なアクチュアリー業務にこだわりがあるわけではないので、それら以外のフィールドで活躍できたら面白いかもしれません。
いわゆるキャリアからは少し逸れますが、業務以外でもアクチュアリーとしての活動を続けていけるといいな、とは思っています。日本アクチュアリー会にはいろいろな委員会があって(日本アクチュアリーの組織)、保険数理やデータサイエンス、気候変動・サステナビリティなどに関する研究活動を行っています。私もいくつかの研究会に参加して活動しています。例えば2023年の8月には、ASTIN関連研究会で行っていた、ニューラルネットワークを用いた支払備金見積手法に関する取り組みについて、APRIAという国際学会で発表する機会をいただきました。(ASTINとは、Actuarial STudies In Non-life insuranceの略です。)また、同じく2023年に新しく発足した気候変動・サステナビリティ研究会では、事務局としてメンバーの皆様の研究活動を支援させていただいています。あと、これはアクチュアリー会の活動ではありませんが、大学の同級生のアクチュアリー達とコロナ禍における死亡率の変化について研究していて、2024年の9月にはIAA(国際アクチュアリー会:International Actuarial Association)のJoint Colloquium(JoCo2024)で発表予定です。このような、実務とは少し離れた活動もやりがいがありますね。
多様なジャンルで活躍する松森さんからみて、今後アクチュアリー業界はどのように変わっていくと思いますか?
実際どうなっていくかはわかりませんが、アクチュアリーの活動領域がもっと広がっていくと面白いんじゃないかと思います。まず考えられるのは、隣接分野にも進出していくことでしょうか。例えば公認会計士試験には税の科目もあって、公認会計士は一定の要件を満たせば税理士登録することができます。そして税理士として活躍されている方もたくさんいらっしゃいます。アクチュアリーだと近い分野にデータサイエンスがあるので、保険・年金等以外の分野でデータサイエンティストとして活躍することも考えられるんじゃないでしょうか。最近は企業にリスクマネジャーが必要だという意見もあるので(「リスクマネジャーを育成せよ」日本経済新聞2023年11月27日)、そういうポジションにアクチュアリーが進出していくのも面白いかもしれません。CAS(Casualty Actuarial Society。アメリカの損保アクチュアリーの団体)の新しいpresidentは現職がUber Technologiesのvice president、前職はGoogleのlead actuaryで、彼は非伝統的な分野におけるアクチュアリーの雇用増加をサポートしていくとのことです(Frank Chang Begins Term as President of the Casualty Actuarial Society (CAS))。保険・年金等以外の分野にも進出してビジネスやリスク管理で活躍できると、アクチュアリーの活躍できるフィールドが大きく広がるんじゃないでしょうか。
あとは気候変動やサステナビリティなどに関わる新しいリスクへの対応ですね。国際的には、IAAがCRTF(Climate Related Task Force)を作り、気候変動に関しアクチュアリーが担う役割について調査を行い、文書を公開しています(Climate Issues)。次年度からはWRTF(Water Risk Task Force)やSDGTF(SDG Task Force)が同じような活動をしていくようです。国内では、日本アクチュアリー会の気候変動・サステナビリティ研究会に、2024年3月時点で54名と多くのアクチュアリーが参加され、気候変動・サステナビリティに対してアクチュアリーがどう関わっていくべきかについての研究を行っています。非常に注目されている分野でもあり、これらの調査・研究はアクチュアリーの新しい業務領域をさまざまな方向に開拓していくことになると思います。
今後アクチュアリーを志す人にアクチュアリーのPRをお願いします。
アクチュアリー業務の魅力については、すでに多くの方が他の記事で語ってくれているので、そちらをお読みいただければと思います。
私がPRしたいのは、業務とは離れたアクチュアリー活動もおもしろいですよ、ということです。アクチュアリーになれば日本アクチュアリー会との会員になれるわけですが、これは大きなメリットだと思います。アクチュアリー会に所属してイベントに参加していると、業務上では知り合えなかったアクチュアリーたちと知り合うことができます。アクチュアリーってすごい人が多いし、おもしろい人も多い。そのような人たちと交流して勉強・研究できるのは楽しいし、国際的な会合で発表したり、論文を書いたりする機会に恵まれることもあります。私がご紹介した内容は自分が参加している活動に偏っていると思いますが、上で述べたとおり日本アクチュアリー会には多くの委員会があるので、他にもたくさん面白い活動があると思います。また、日本アクチュアリー会はIAAのFull Memberですから、IAAの国際的な活動に参加することもできます。
是非アクチュアリーになっていただいて、皆で一緒に活動して、アクチュアリー業界を盛り上げていけると嬉しいです。