日本版ESR(経済価値ベースのソルベンシー規制)が2026年3月期(2025年度)決算で導入されますが、監査法人やコンサルティング会社等から様々な情報・サービスが提供され、まさに”ESR特需”とでも言うべきビジネス案件が話題沸騰の状況です。
また、業界紙等でもESR特集が企画され、シンクタンク等からも専門家向けの書籍が刊行されています。
そこで、今回のコラムでは、昨年末に刊行された、ニッセイ基礎研究所の中村亮一氏による『ソルベンシー規制の国際動向〔改訂版〕(保険毎日新聞社)』(以下、「本書改訂版」という。)について、改訂箇所をご紹介いたしましょう。
なお、筆者の知識不足等により、改訂に至る背景等について説明できない点を何卒ご容赦ください。
1.発行年月日
『ソルベンシー規制の国際動向(保険毎日新聞社)』(以下、「本書初版」という。)は、2020年10月25日が発行年月日ですが、本書改訂版は2023年12月25日が発行年月日です。
3年2か月ぶりの改訂ですが、その間、金融庁ホームページでは、“経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する”で始まるタイトルの3部作「検討状況(令和3年)」、「基本的な内容の暫定決定(令和4年)」および「基準の最終化に向けた検討状況(令和5年)」がそれぞれ6月30日に公表されました。
なお、本書改訂版の“改訂にあたって”で触れられている通り、2023年からIFRS第17号が適用開始になる等、諸外国においてもこの3年間で大きな動きがあったものと思われますので、可能であれば、本書初版および本書改訂版を同時並行で読むことで、当該“動き”がより鮮明になるように思います。
2.総ページ数
本書初版が355ページであったのに対して、本書改訂版は425ページになっています。
後述の通り、本書改訂版では第6章が新設されましたが、同章のページ数は13ページですので、本書初版から存在した章も大幅に加筆されている模様です。
3.価格
税抜き価格について、本書初版が3,800円、本書改訂版は4,500円です。本書改訂版がちょうど70ページ増えていますので、1ページ当たり10円とも考えられますね。
ちなみに、“平成21年度第6回例会・論文発表研究集会”で、山内恒人氏のご講演を拝聴した際、“『生命保険数学の基礎(東京大学出版会)2009年11月30日(初版)』は483ページで(税抜き)3,500円だが、1ページ10円を下回る価格は出版社としても異例中の異例らしく担当者が涙目になった。”という趣旨のコメントがあったように記憶しております。
数学の専門書等も高価過ぎて手が出なかったという学生時代の苦労を顧みて、できるだけ廉価にしたいという強い思いで出版社と交渉された山内先生のお心遣いは、本当にありがたいですね。
4.著者の略歴
本書初版にはなかった“著者の略歴”が本書改訂版では掲載されています。
なお、出版社のホームページでも閲覧できます。
日本生命で保険計理人を務められたご経験もあるようですので、ソルベンシー・マージン基準に関する造詣の深さが伺えますね。
5.凡例
本書初版でも“凡例”はありましたが、本書改訂版では“本書の執筆にあたって”が追加されました。
特に、紙面の制約で検討状況の経緯の推移等について省略した部分があるものの、それらの部分については、本書初版で説明していることも書かれてありますので、余力のある方は是非、本書初版とセットで読まれるとよいでしょう。
なお、“略称・略記(例.AAA:米国アクチュアリー学会等)”も116個から133個に増えており、ESR(経済価値ベースのソルベンシー比率)等が追加されています。
6.“参考”
本書の内容を理解しやすくするために様々な図表が織り込まれていますが、さらに理解を深めるために“参考”と呼ばれる資料も適宜挿入されています。
この“参考”も、21個から24個に増えており、GIMAR(グローバル保険市場レポート)等が追加されていますが、WAMP(複数ポートフォリオの加重平均)手法等、本書初版に掲載されていたものの本書改訂版で削除されたものもあります。
7.章立て
本書改訂版は、本書初版に「第6章」を追加した第1~7章で構成されています。
保険毎日新聞社のホームページでも各章のタイトルが閲覧できます。
以下、各章の改訂箇所を簡単にご紹介いたします。
8.第1章 ソルベンシー規制の概要と動向
“6-3 その他の関連項目”で“(4)ALM(資産負債(総合)管理)”が、また、“4 新たなリスク(エマージングリスク)への対応”が追加されました。
特に、“4”では、気候変動リスクやサイバーリスク、新型コロナ等のパンデミックリスク等、21世紀におけるグローバルなリスクにも触れられています。
9.第2章 国際的なソルベンシー規制
本書初版では、“3-1(2)経緯”がありましたが、本書改訂版では削除されています。なお、この“3-1(2)経緯”が、上述の“5.凡例”に記された部分かもしれません。また、本書改訂版では、“6-4 移行措置(新基準適用時の既契約の測定)等”、“6-6 実際の適用状況等”が追加されました。
10.第3章 EUにおけるソルベンシー規制
本書改訂版では、“6-2 ORSA”で、2021年以降に公開された意見、監督声明などが、また、“8-3 グループ監督の見直し”、“12 英国におけるソルベンシーⅡの見直し”などの“見直し”も追加されておりますので、本書初版以降の動きが詳細に紹介されています。
11.第4章 米国におけるソルベンシー規制
本書初版では、“5-2(4)GAAPによる保険負債評価”がありましたが、本書改訂版では、“5-3”で“LDTI適用前”として格上げされ、“5-4 FASBによるGAAPの見直し―LDTI”が新設されました。
なお、本書初版にもLDTIという用語が凡例に登場していますが、和訳が微妙に異なっていますので読まれる際には注意されるとよいでしょう。(←英語表記は変わっていません)
12.第5章 日本におけるソルベンシー規制
本書改訂版では、“1-3(5)経済価値ベースのソルベンシー規制の導入の検討”が新設されました。また、“4-1(10)~(14)”および“4-2(5)~(6)”も新設されました。いずれも、金融庁等からの新たな資料等が公開されたことに伴う追加と考えられます。
13.第6章 その他の保険主要国・地域におけるソルベンシー規制
本書改訂版で新設された章です。上述の保険毎日新聞社ホームページでも記載されているとおり、その他の保険主要国・地域(例.カナダ、オーストラリア、中国等)におけるソルベンシー規制の検討状況およびIFRS第17号への対応状況について解説されています。
14.第7章 新たなソルベンシー規制をめぐる今後の動向
本書改訂版では、“1-2(3)”、“2-2(3)~(4)”および“3-4”が新設されました。特に、“3-4”では、日本における新ソルベンシー規制について、現行との比較やその影響等が触れられていますので、アクチュアリー2次試験対策にも使えるかもしれません。
いかがでしたか。今回ご紹介しましたニッセイ基礎研究所の中村亮一氏は、数学科ご出身ということもあり、数学に対する造詣が深く、“13日の金曜日は毎年必ず現れるってこと知っていますか”のようなユニークなコラムも同研究所ホームページ内で発表されております。
また、今回ご紹介いたしました書籍の発行元である保険毎日新聞社は、業界紙『保険毎日新聞』等で有名ですが、様々な書籍も発行されており、2024年1月には、“保険商品開発の理論〔改訂版〕”も発行される模様です。
https://homai.co.jp/%e4%bf%9d%e9%99%ba%e5%95%86%e5%93%81%e9%96%8b%e7%99%ba%e3%81%ae%e7%90%86%e8%ab%96%e3%80%94%e6%94%b9%e8%a8%82%e7%89%88%e3%80%95/
残念ながら当該書籍の“改訂前”のものが手元にないため、入手できた暁には、当コラム同様、改訂箇所をご紹介できる日が来ることを期待しています。
近年、アクチュアリーでなくとも、保険業界関係者が書籍を出版される機会がかなり増えてきているように思います。経済価値ベースのソルベンシー規制の導入で、保険会社の健全性がより一層向上すると共に、著作物発行などを含めた“副業”もより一層拡大されることも期待いたします。
(ペンネーム:活用算方)