「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」


保険業法などの法令を正しく理解することは、保険会社の役職員および保険募集人などにとっての“基本中の基本”です。
例えば、アクチュアリーにとって馴染み深い、保険業法第121条(保険計理人の職務)では、

第1項:保険計理人は(中略)内閣府令で定めるところにより確認し、その結果を記載
した意見書を取締役会に提出しなければならない。(以下略)

第2項:保険計理人は、前項の意見書を取締役会に提出した後、遅滞なく、その写しを
内閣総理大臣に提出しなければならない。

とありますが、この条文を初めてご覧になる方は、“意見書の写しを遅滞なく提出”とは、実際どの程度の「遅れ」まで許容されるのか?という素朴な疑問を抱くかもしれません。

そこで、今回のコラムでは、法令などで目にすることが多い、“「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」”(以下、「これら3者」という。)の違いについてご紹介いたします。

1.これら3者の意味の違い(その1)

文化審議会資料『公用文作成の考え方(建議)令和4年1月7日』の33ページ(資料上では21ページ)によれば、

“直ちに・速やかに・遅滞なく
いずれも「すぐに」という意味であるが、最も即時性が高く遅れが許されないときに「直ちに」、それよりも差し迫っていない場合に「速やかに」、また、正当な理由があれば遅れが許される場合に「遅滞なく」が用いられることが多い。”

とあります。

つまり、少なくとも、
《違い1》「直ちに」は「速やかに」よりも差し迫った状況である
《違い2》「遅滞なく」は正当な理由があれば遅れが許される
という2点が、これら3者の“違い”のようです。

なお、上記資料の「(4)ページ」6ウ“項目の細別と階層”は、仕事上の資料作成はもちろんのこと、アクチュアリー第2次試験(専門科目)の答案作成にも応用できますので、併せてチェックされるとよいでしょう。

2.これら3者の意味の違い(その2)

法律の専門家である、弁護士および公認会計士のブログ

でも、概ね、1.と同様の解説があります。

なお、「遅滞なく」については、

“「事情の許す限りできるだけ早く」という意味であり、合理的な理由があれば遅滞が許容される”

“(前略)処分の理由を付記しなければならず(中略)数日ないし数週間程度では済まないこともあり、その時間的余裕を与える”

とあります。
つまり、「遅滞なく」は、“できるだけ早く”だが、“合理的な理由があれば数週間程度で済まないケースもあり得る”という意味が含まれているようです。

3.普通保険約款

ニッセイ基礎研究所のレポートによれば、裁判例において、時間的即時性の度合いは「直ちに」、「すみやかに」、「遅滞なく」の順とされ、「遅滞なく」については、正当なまたは合理的な理由による遅滞は許容されるものとされているようです。(←大阪高裁1962年12月10日判決)
また、「すみやかに」という用語は、25社中22社で使用しており、「速やかに」と漢字で表記する会社はない模様です。

なお、医療保険においては、

“顧客は給付金の支払事由の発生より、通常給付が行われない被保険者の死亡について、よりスピード感をもって保険会社に通知すべきこととなり、顧客の立場からは違和感のある文字使いとなっている。”

という記述が注目されます。(←保険会社の立場からみれば、保険料の払い込みを停止する必要があるため、保険事故のうち“死亡”を最優先で通知してほしいという気持ちが強く表れたものと推測されますが。)

4.保険法

保険業法では、これら3者が登場しますが、保険法では「遅滞なく」のみ登場し、「直ちに」「速やかに」は登場しません。

5.旧保険業法

旧保険業法第82条(主務大臣への提出書類)では、
“保険会社ハ毎年三月末目二於テ其ノ帳簿ヲ閉鎖シ総会終結ノ後遅滞ナク、貸借対照表、事業報告書及損益計算書並二基金ノ償却、基金利息ノ支払、利益若ハ剰余金ノ処分又ハ損失ノ処理二関スル決議書ヲ主務大臣二提出スルコトヲ要ス”

とあります。

ひょっとすると、上述の保険業法第121条における、“保険計理人意見書の写しを内閣総理大臣に遅滞なく提出する規定は、当該条文を参考にしたのかもしれません。

6.余談(その1)

保険会社向けの総合的な監督指針では、“当分の間”という表現が5か所登場します。
古くは、いわゆる“通達”で頻繁に登場しておりましたが、通達廃止後は、同指針でも登場しています。

なお、具体的な、“当分の間”の時間的範囲は不明ですが、例えば、以下では、

“「しばらくの間」「目下のところ」「とりあえずは」などを意味する言葉で、「見通しがはっきりしない間はずっと」といった意味も持ちます。”

とのことです。

7.余談(その2)

筆者は大学時代を関西で過ごしましたが、私鉄の案内では、“先発、次発、次々発”という表現をよくみかけました。
一方、関東では、“こんど、つぎ”という表現が使われているようでして、案の定、分かりにくいという声があります。

なお、西武新宿駅や池袋駅の大きな発車標では、「こんど・つぎ・そのつぎ・そのあと」で出発順の列車が案内されているようですので、ますます混迷の度合いが増しているようにも思えますね。

いかがでしたか。「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」は、法令のみならず、普段の仕事(例.会議資料の作成など)でも登場しますので、今回ご紹介しました“違い”を正しく理解しておけば、仕事にも役立つでしょう。
さらに、アクチュアリー試験対策(特に、第2次試験(専門科目))として、これら3者を含めて、保険業法などの法令を“正しく”覚えておけば、採点者の心証も良くなるでしょう。

(ペンネーム:活用算方)

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