生命保険の買い取りビジネス(以下、「保険買取ビジネス」という。)について、日本では、2004年4月に設立された『株式会社 リスク・マネジメント研究所』が初めてと思われますが、今年4月に国内2社目となる保険買取ビジネス会社が誕生しました。
具体的には、『株式会社ライフシオン』という会社で、設立者が元金融庁官僚である点にも注目が集まっている模様です。
そこで、今回のコラムでは、保険買取ビジネスの背景および概要などを紹介しながら、アクチュアリーとしての観点も含めつつ、整理すべき課題などを述べたいと思います。
なお、内容はすべて単なる個人的な見解であり、特定の人物や団体等を誹謗・中傷する意図は全くないことを、念のため申し添えます。
また、裁判例などを含む法的内容については、主として、以下の資料を参考にさせていただいている点も、念のため付記しておきます。
https://ir.lib.fukushima-u.ac.jp/repo/repository/fukuro/R000003428/2-378.pdf
1.生命保険の買い取りビジネスとは
法令上の明確な『定義』は、今のところない模様ですが、上述の2社のホームページ
https://www.hoken-kaitori.com/
https://japan.plugandplaytechcenter.com/startups/our-startups/lifesion-inc/
によれば、概ね、以下のようなビジネスであることが伺えます。
1) 被保険者が病気(例.がんなど)に“り患”している生命保険契約が対象
2) 当該契約の契約者を同会社に変更
3) 同会社は(手数料控除後の)買取代金を当該契約の元契約者などに支払う
4) 同会社が以後の生命保険料を支払い、当該契約が継続
5) 当該契約の保険金・給付金などを保険買取会社が受領
後述の通り、上記2)の変更に関して、保険会社の承諾・同意などが必要となるため、当該承諾などを求めて訴訟が起こされましたが、現時点では、原告敗訴となっている模様です。
なお、2010年の保険法改正により、日本版の生命保険買取りは可能となった旨が、『株式会社 リスク・マネジメント研究所』ホームページに記載されていますので、今後、原告勝訴の(裁)判例が登場するかもしれません。
また、生保数理でお馴染みの、山内恒人先生の資料の84および85ページによれば、本件買取代金の財源は(保険買取会社ではなく)第三者(例.保険金受領権を債券化した場合の投資家など)が負担するケースもあるようです。
2.先行事例
『株式会社 リスク・マネジメント研究所』のホームページによれば、具体的な買取事例として、定期付終身保険(死亡保険金額2830万円、解約返戻金28万円、既払込保険料約400万円)の買取価格が849万円という事例があります。
当該契約は上述の訴訟事例の模様ですが、詳しい情報は、こちらにも記載されています。
また、後述の通り、保険会社の承諾を要しない(民営化前の)簡易生命保険契約(定期特約付養老保険)については、買取価格が保険金額の7割(210万円)という事例もあります。
なお、上記の事例に共通する事項としては、買取価格が解約返戻金を大きく超過する(例.849万円>28万円、210万円>32万円)ことが挙げられます。このため、少なくとも、保険買取会社と売却者の間においては、いわゆる“win-winの関係”が成立するように思えます。
3.保険契約者の変更
「保険買取ビジネス」では、上述の1の4)にあるように、保険買取会社が以後の生命保険料を支払いますが、単なる、保険料の立て替えではなく、元契約の契約者を同会社に変更する点が重要であると考えられます。
恐らく、当該契約にかかる権利義務の一切を同会社が引き継ぐために当該変更が必須であるようにも思えますが、保険会社からみれば、何らかの理由で当該変更が認められないという状況にあります。
ただし、例えば、法人契約を個人契約に変更するため、契約者(および受取人)を法人から個人に変更することは、退職慰労金などにかかる税制優遇措置として活用されることもありますので、契約者変更が一律認められないということはないように思います。
実際、当該変更した時点で課税されることがないことが、国税庁および生命保険文化センターのホームページで明記されており、特に、“契約者の変更があってもその変更に対して贈与税が課せられることはない”という『課税の繰延べ』が税制上の大きなメリットと考えられます。
なお、契約者および受取人の変更については、例えば、保険会社のホームページ
https://www.jp-life.japanpost.jp/customer/procedure/insurance_contract.html
https://faq.nissay.co.jp/faq/show/51?category_id=10&site_domain=default
が参考になりますが、受取人変更に比べると契約者変更の方がハードルは高いようにも思えます。
4.整理すべき課題(その1)
上述の裁判例でも指摘されていますが、「買取業者のモラルリスク」をいかにして回避するかという点が課題と考えられます。
実際、買い取られた保険契約が早期に保険事故が発生すれば、買取業者(または投資家)からみれば、投資額に対して高い利回りが期待できるため、当該業者などが故意に保険事故を誘発するというリスクが懸念されます。
このため、例えば、保険買取会社に対する“認可制度の導入”が回避策の1つとして考えられるかもしれません。
なお、米国では、経済困窮などによるやむを得ない解約の際、“保険契約を(解約返戻金よりも高い金額で)買い取ってもらえる可能性がある点”を契約者などに通知する義務を保険会社に課しているケースもあるようです。このように、主務官庁を巻き込む形で、当該買取制度の健全かつ適切な運営を行うことが期待されます。
5.整理すべき課題(その2)
これも上述の裁判例でも指摘されていますが、「適正な買取価格の基準化」をどのように構築するかという点が課題と考えられます。
例えば、『株式会社 リスク・マネジメント研究所』では、社内外スタッフとして、生命保険数理人(←アクチュアリー?)などを設置して、買取り査定や買取り額の計算を行っている模様ですので、保険数理などの専門家による「適正な買取価格」を基準化する試みがなされているように思えます。
なお、より適正な制度構築を行うとしては、例えば、コンサルティング会社などのアクチュアリーが算定した価格なども提供させて、いわゆる“合い見積もり”のような仕組みを導入することも一考に値するかもしれません。
6.整理すべき課題(その3)
保険買取会社の観点からは、「新薬・医療技術向上により被保険者が長生きした場合」に保険金などが(想定した時期に)受け取れないという点も課題と考えられます。
その点を含めた買取価格を設定することが理想的ではありますが、買取後に予期しない医学的な発展で、想定通りのキャッシュフローが実現されないという点で、保険会社にとっても(個人年金保険などを中心に)大きな課題となるかもしれません。
7.整理すべき課題(その4)
当コラムの最初にある、法的内容について参考にさせていただいた「福島雄一先生」の資料63ページ(資料上は197ページ)に登場する、野村修也先生のコメントも非常に注目されます。
具体的には、“「生前給付の特約の要件を緩和することで制度の充実を図ったり」、「解約返戻金の範囲内で行われている契約者貸付とは別に、特別な融資制度を構築するなど、保険業界独自の取り組みを検討してみることも一考に値する」”という部分は、今後の、生命保険制度の充実策の1つとして是非、検討していただきたいと思います。
なお、“リビング・ニーズ特約”に類似する仕組みとして、例えば、“ケアニーズ特約(重度の認知症に対する保険金前払い)”および“がん長期サポート特約(これ以上治療しても治る見込みのないガンならば余命にかかわらず保険金前払い)”など、いわゆる生前給付の仕組みも拡大しつつありますので、野村先生の提言も着実に進化しているように思えます。
https://shashi.shibusawa.or.jp/details_nenpyo.php?sid=10430&query=&class=&d=all&page=71
https://diamond.jp/articles/-/1754
8.整理すべき課題(その5)
今回ご紹介しました保険買取ビジネスにおける最大の争点である“契約者変更にかかる保険会社の承諾・同意”が得られない場合の代替策として、契約者を変更しないまま、保険料を立替えた上で、その後、保険事故が起きれば立替え者が当該保険金(の一部)を受け取ることも考えられます。
このような契約自体が、裏口入学などと同様に“公序良俗に反する”ことから無効とされる可能性も否定はできませんが、上述の(裁)判例が覆らない場合、このような潜脱行為も想定されますので、さらなる法整備などが必要かもしれません。
なお、このような潜脱行為はあくまでも“頭の体操”に過ぎず、当該行為を推奨するものではない点を、念のため、強調いたします。
いかがでしたか。上述の裁判例では、出資法・利息制限法違反に関する記述がみられましたが、早期死亡による高利回りがこれらの法律に抵触する可能性を示唆しているかもしれません。ただし、一般的な金融商品や貸付金と異なり、“保険事故の発生”という偶然の事象を絡めた結果としての金銭授受となりますので、当該法令などが死亡率などの保険事故発生率を想定したものかどうかは、やや不透明な感じがします。
ご案内の通り、保険業法第1条では、“健全かつ適切な保険業務運営および保険契約者等の保護”などが同法の目的として謳われていますが、金融行政のご経験者が保険買取ビジネスという『現場』に降臨されることで、当該目的がより一層推進されることを、保険業界関係者の一人として切に願いたいところです。
(ペンネーム:活用算方)