このコラムを執筆しているのは2020年11月14日ですが、9月末から数えて45日が経過しようとしているため、いわゆる“45日ルール”に基づき、生命保険会社から上半期決算が公表され始めているところです。
新型コロナウイルス感染症の影響で、対面チャネルを中心として新契約募集活動がかなり制限された第1四半期(2020年4月~6月)に比べると、第2四半期(2020年7月~9月)の新契約は回復基調の会社も多いようですので、生保業界関係者はホッとしている感じかもしれません。
そこで、今回のコラムでは、上半期決算を含めて、主にアクチュアリーの視点から、気になったニュースを幾つかピックアップしたいと思います。
1.入院の定義
“入院”という文字を見ると、多くの人々は病院のベッドで治療に専念する患者の姿を思い浮かべるだろうと思いますが、生命保険契約の場合、“入院”の定義はもう少し広い概念となります。
例えば、“野外病院(野戦病院)”のように、屋外で臨時的に設置された施設であっても、医師の指導・管理下で患者を診察しているような場合には、約款上、“入院”とみなされますが、“医師の指導・管理下で”という部分がポイントです。
同様に、新型コロナウイルス感染症により、自宅療養を余儀なくされた場合にも、“医師の指導・管理下で”に該当すれば、約款上、“入院”とみなすことが公開されました。
https://www.orixlife.co.jp/about/notice/2020/pdf/n201113.pdf(2ページ)
患者の立場からすれば、保険契約者等に寄り添う素晴らしい対応と言えるでしょう。
なお、アクチュアリーの立場としては、今後、入院発生率等が上昇するリスクがありますので、将来の発生率の見通しや内部留保の状況等を総合的に判断して、保険会社の健全性に支障がないような配慮が必要であることは言うまでもありません。
2.保険料の収納と募集手数料の支払のイメージ(契約1件のモデル)
アクチュアリー試験の『生保数理』の頻出論点である“チルメル式責任準備金”が考案された背景は、募集手数料等の新契約費を平準払営業保険料によって、いかに早期に回収するか、という課題があります。
したがって、新契約が好調であるほど、募集手数料等の負担が増すため、(現行の)損益計算書では赤字になり、逆に、解約・失効等が多発して保有契約が減少するほど、“解約控除(標準責任準備金と保険料計算基礎率による責任準備金の差異を含む)”による収益源が増すため、(現行の)損益計算書では黒字になります。
これが、“生命保険会計が分かりにくい”、“経営実態を表していない”、等と評される最大の原因であり、エンベディッド・ヴァリュー等の経済価値ベース評価が重要となる所以です。
このようなお金の動きを目にする機会は、せいぜい、生保数理の教科書や参考書くらいしかありませんが、今回、諸事情により募集活動が制限されてしまった生命保険会社から、非常にわかりやすい決算説明資料が公表されました。
特に、これからアクチュアリー試験にチャレンジしようと思われている方は、是非、熟読されることをお勧めします。
https://www.jp-life.japanpost.jp/information/20201113-pr3-1.pdf(18ページ)
3.変額保険への回帰
2020年10月30日付の『NIKKEI Financial』で、“生保に迫る2025年問題 保険売り止めや再編圧力”という見出しの記事が公開されました。
https://financial.nikkei.com/article/DGXMZO64973940U0A011C2000000?s=1
早速、同記事を拝見したところ、どうやら、今年6月26日に公表された、「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する有識者会議」報告書がベースになっているように思えました。https://www.fsa.go.jp/news/r1/sonota/20200626_hoken/01.pdf
負債の時価評価は、長らく生保業界を中心に検討されていますが、経済価値ベースのソルベンシー規制について、2025年から本格導入される見通しで、世界的にも同じ動きをしているようです。
このような新資本規制のため、変額保険にシフトするのでは?という記者の推測も紹介されていますが、会計制度や資本規制のために、自由に生命保険商品が供給できない、というのは本末転倒な気もします。
もちろん、逆ざや問題で破綻を経験した日本の保険業界としても、会社の健全性は最優先で考慮される必要はあるのですが。。。
4.3利源開示なくなった?
上半期決算資料で、定例の協会様式ではないものも開示されているようです。
https://www.sonylife.co.jp/company/news/2020/files/201112_kaiken.pdf
筆者の記憶では、幹事代表質問と呼ばれていた形式ですが、3利源の開示がなくなっている点が気になりました。
順ざやの会社がかなり増えたこともあり、マスコミの関心は、変額個人年金保険の販売動向などにシフトしているのかもしれません。
なお、毎年大変お世話になっている、週刊東洋経済の『臨時増刊・別冊2020年版「生保・損保特集号」』では、巻末に3利源を含むデータが一覧で掲載されていますので、貴重な情報源として利活用できるでしょう。(N/Aの会社が多かったのも気になりますが)
https://str.toyokeizai.net/magazine/extranumber_list/20201026/
5.責任準備金1%誤差
筆者が学生時代に、日本アクチュアリー会主催の『アクチュアリーセミナー』に参加したのですが、講師の方から、
“アクチュアリーの役割として、正確に計算することが第一。万一、責任準備金の計算が1%間違った場合、業界全体で数兆円の差異が発生。非常に大きな責任を負っていることを常に念頭に置いて業務遂行する必要がある。”
という趣旨のコメントを力説されていたのが、とても印象的でした。
残念ながら、責任準備金の計算で“1%”の誤差が発生した会社があるようですが、ヒューマンエラーを防止するためには、“業務の見える化”や“AIの力”をうまく利用するといった創意工夫が必要ですね。
https://www.gib-life.co.jp/st/about/is_pdf/20201113.pdf(ページ)
いかがでしたか。今回、各生命保険会社のホームページを一通り拝見させていただきましたが、新型コロナウイルス感染症の罹患者を伝えるニュースリリース/プレスリリースがいつもより多かった気がします。やはり、第三波の到来といえるのかもしれません。
(ペンネーム:活用算方)