2017年1月10日(火)のコラム『受験生必読の本(数学編)』で、2冊の書籍を紹介しましたが、当時、勤務先の若手アクチュアリーの間で、当該コラムが話題となり、これら2冊の本をAmazon等で買い求めたという話を、直属の部下から聞くことができました。
嬉しいような、ちょっと、照れくさい感じですが。。。
先日、自宅の書棚を整理していたところ、大学時代に大変お世話になった『確率統計入門(小針顕宏著)岩波書店』(以下、「当書籍」という。)が隅っこから出てきて、埃をかぶっていたのを拭いさりながら、ペラペラとめくっていると、やはり、アクチュアリー試験(数学)の問題と良く似た問題があることに気が付きました。
そこで、今回のコラムでは、当書籍の問題と過去問を比較するとともに、故・小針先生のエピソードや、当書籍の内容(特に、『序に変えて』および『あとがき』)を含めて、思うところを幾つか述べてみたいと思います。
1.過去問
平成8年12月20日数学1(問題2)で、以下の出題がありました。
『ある人が互いに異なるn個の鍵を束ねた鍵束を持っており、この中から無作為に鍵を選んで、ある1つの扉を開けようとしている。このとき、次のそれぞれ2つの場合について扉が開くまでの試行回数の平均値と分散を求めよ。なお、n個の鍵の中に正しい鍵は1つだけあるものとし、扉が開いたときの試行も回数に含めるものとする。
(1) 扉が開かなかった鍵を鍵束から除いて、次の試行を行う。
(2) 扉が開かなかった鍵を鍵束に戻して、次の試行を行う。ただし、鍵束に戻した後、試した鍵と試していない鍵との見分けはっかなくなるものとする。』
2.当書籍の問題
当書籍の68ページに例題7として、以下の問題が記載されています。
『n個の鍵のついた鍵束に, 一つだけドアに適合した鍵があるが, その人は酔っぱらっていて一度試した鍵を除外しないで, 元に戻してしまう. r回目にドアに開く確率を求めよ。』
『酔っぱらい』が登場するあたりが、いかにも小針先生らしい雰囲気ですが、一方、確率統計で重要なテーマの『ランダム・ウォーク』の訳語としては、『乱歩』や『酔歩』という単語も登場し、千鳥足でヨタヨタと歩く頼りない雰囲気は、漢字で表示した方がイメージしやすいかもしれません。なお、推理小説が大好きな友人に『乱歩』という単語を示したところ、すかさず、『江戸川乱歩?』と聞き返されてしまいました(笑)
3.別の資料
上記の問題は、確率の世界では有名な問題のようでして、例えば、以下のプレゼンテーション資料にも、この問題が紹介されております。
http://www.bunkyo.ac.jp/~hotta/lab/courses/2009/2009dist/09dist_2s.pdf(36ページ)
4.序文および跋文
当書籍では、フィールズ賞受賞者の広中平祐氏が「序文(序にかえて)」を、また、「一刀斎」こと、故・森毅氏らが「跋文(あとがき)」を執筆されています。
早逝の著者を労りながら、数学と真摯に向き合った著者の業績や、世間一般の「数学」に対する目線など、何度読み返しても味わい深い文章には、本当に頭が下がる思いです。
なお、先輩アクチュアリーから、先日、教えていただけたのですが、広中平祐氏は、日本アクチュアリー会の年次大会でご挨拶をされているようでした。
日本アクチュアリー会ホームページの会員専用サイトで、ライブラリー > 会報 > 第36号 第2分冊(1983年)で閲覧できるようです。
5.数式の誤り
学生時代は、あっさりと読み飛ばしてしまいましたが、厳密には、当書籍に誤りがある模様です。
《コラム用 統計学の有名教科書の誤りに気づく: Studio RAIN’s diary》
http://studio-rain.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_eee7.html
誤植を含めて、読者自身で慎重に読み進めるのも、決して悪いことではないように思えますし、小寺先生の本の『勝者が敗者にコインを渡す』のも、数学的には全く問題ない前提ですね。
6.小針先生のエピソード
筆者が大学受験生の頃、故・寺田文行先生のラジオ講座や、故・渡辺久夫先生の『親切な物理』等が有名でした。もし、小針先生が大学受験の頃にご存命であれば、以下の書籍をバイブルとして、また、違った受験生活があったのかもしれません。
https://sankosho.biz/2016/06/20/debagu-suugakusemina-gakuseisya/
ちなみに、ネット検索では、以下のサイトが見つかりました。学生運動など、当時の時代背景を彷彿とさせる内容もあります。あくまでも自己責任でご覧ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%9D%E3%81%82%E3%81%8D%E5%AE%8F
7.数学教授法
小針先生や小寺先生の書籍は、やはり、何と言ってもその筆致に、ユーモアやある種の優しさに溢れている点が挙げられるでしょう。
例えば、当書籍の28ページの問題10では、『K先生(←記者注:小針先生?)は大へん休講が好きで、1回講義をすると次の講義を休講にする確率は0.5であり(以下略)』という記述があるのですが、堅苦しい表現ではなく、このような柔らかい表現を用いるだけでも、確率や統計という素材が身近なものに感じられるのは、何とも不思議な感じです。
物事を教えるためには、『難しいことを分かり易く説明する』というのは、数学に限らず、日常生活や仕事の場面にも応用できますね。
いかがでしたか。日本における数学書は多々ありますが、その中でも『名著』と呼ばれる代表的な書籍としては、やはり、故・髙木貞治氏の『解析概論』、『代数学講義』および『初等整数論講義』を挙げるべきでしょう。
実際、某数学者は、『上記の3冊を完璧にマスターできれば、どんな数学でも理解できる!』と豪語されていました。個人的には、上記の3冊に『近世数学史談』と『代数的整数論』も加えて欲しいところですが。。。
一方、アクチュアリーを含めて、『確率・統計』で飯を食っている立場からみれば、小針先生や小寺先生の書籍も『名著』に加えたいところですね。
(ペンネーム:活用算方)