新型コロナウイルスの影響で、テレビ番組、特に、ドラマの撮影等が延期され、やむを得ず、過去の名作ドラマの再放送が拡大しつつありますが、昭和生まれとしては、懐かしいドラマを地上波で再び見られることが(不謹慎な言い方かもしれませんが)とても心地よく感じられます。
地上波の再放送に誘発され、懐かしいドラマを検索した際、織田裕二さん主演の『正義は勝つ』のDVDがAmazonで販売されていることを知りました。1995年放送のため、かなりの部分を忘れてしまいましたが、法廷内で主人公が放つ『独り言』は、後日テロップで訂正記事(弁護士の品位に対する誤解を生じさせる恐れあり)が出るほどでしたが、制作側からみれば、フィクションとノンフィクションの絶妙な『はざま』を極限まで追求した、まさに『職人技』と呼ぶのに相応しい作品だと思います。
このドラマは法律事務所が舞台で、織田裕二さんや鶴田真由さん等の若手弁護士と、段田安則さんや谷啓さん等のベテラン弁護士が、様々な事件に立ち向かいながら、最後は、主人公の実父の死の真相を追求する、かなりシリアスなドラマになっています。
『真実を明らかにすることだけが正しいとは僕は思わない。(主人公)』
『訴訟の当事者はある意味で『病人』。だから『和解』を薦める。(段田さん)』
『勝訴こそ意味がある。(鶴田さん)←当初は段田さんの意見に賛成だった。』
というニュアンスの独特のセリフが数多く登場しますが、その中でも一番印象的なのが、谷啓さんが主人公に向かって言った、
『弁護士の使命は“社会正義の実現”と弁護士法第1条に書いてある。しかし、社会正義の定義は六法全書のどこを開いても書いてない。弁護士自身の心の中に存在するものかもしれない。』
というニュアンスのセリフでした。
そこで、今回のコラムでは、アクチュアリー、特に、『保険計理人の使命』とは何かについて、周辺事情も紹介しつつ、思うところを幾つか述べたいと思います。
1.アクチュアリーの行動規範
20年くらい前、『プロフェッショナリズム研修』を受講した際、日本アクチュアリー会の規則(※1)を学ぶ機会を得ましたが、特に、『アクチュアリー行動規範』が強く印象に残っています。(恥ずかしながら、(『見識』ではなく)『識見』という言葉も、当時、初めて知りました。)改めて、同規範を読んでみると、第1条(総則)に、
『アクチュアリーは、的確な現状認識と将来予測に基づき、数理的手法等を活用して、保険及び年金にかかわる財政の健全性の確保と制度の公正な運営に努めることを主要な業務としている。その業務には、公共の利益に深くかかわるものも少なくない。
このような業務を行うには、高度な識見と専門知識に加えてアクチュアリーへの信頼が不可欠であり、従って、アクチュアリーは、常に専門能力の向上に励み、専門職能者としてその機能を十分に発揮し職責を全うすることが肝要である。(以下略)』
とあります。二次試験の『所見』に使えますので、この条文は丸暗記したいですね。
※1 http://www.actuaries.jp/intro/
2.守秘義務を伴う職業
刑法第134条(秘密漏示罪)では、医師、薬剤師、弁護士等が正当な理由なく秘密を漏らした場合は懲役又は罰金刑に処することとされています。
また、個別の職種に関する法律、例えば、弁護士法第23条(秘密保持の権利及び義務)でも守秘義務が要請されています。
なお、上述の規範第6条(守秘義務)で、
『会員は、専門業務を通じて知り得た秘密を正当な理由がなく他に漏らしてはならない。』
と規定されていますので、専門職として法令に準じた規定が整備されています。
3.取締役会による選解任の意味
保険業法第120条(保険計理人の選任等)で、保険会社は、取締役会で保険計理人を選任しなければならず、また保険計理人の選任および退任時には内閣総理大臣に届け出なければならないこととされています。
平成7年以前の『旧保険業法』には、保険計理人の選任(旧法第89条)および大蔵大臣への届出(旧規則第41条)は規定されていましたが、選任方法(例.株主総会、取締役会など)は規定されていませんでした。
なお、生命保険文化センター資料(※2)によれば、保険業法改正時の議論としては、株主総会や社員総会(総代会)で保険計理人を選任する動きもあった模様です。
取締役会で選任させることで、保険計理人に一定の社内的地位を与えて、職務に必要な情報が保険計理人に届くよう配慮したものと思われますが、株主総会で選任される、監査役や取締役と比べると、保険計理人の地位はそれらよりも下位にある、という考え方が成り立つかもしれません。
※2 https://www.jili.or.jp/research/search/pdf/D_142_5.pdf
4.内閣総理大臣による解任命令
旧法と同様、保険業法第122条(保険計理人の解任)で、保険計理人が保険業法又は同法に基づく内閣総理大臣の処分に違反した場合、当該保険会社に対し、内閣総理大臣がその解任を命ずることができることとされています。
内閣のトップが民間企業の人事に介入することに対して批判的な意見もあるかもしれませんが、公共性の高い免許事業者における保険計理人には、公共的役割が期待されるという考え方に基づく規定だと思われます。
余談ですが、銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)、覚醒剤取締法、募集取締法など、世の中には様々な『取締法』が存在していますが、改正前の保険業法においても、『保険募集の取締に関する法律(募取法)』が昭和23年に制定されました。(※3)
公共性の高い事業で『取締法』というのは、何とも物騒な感じですが、金銭が絡む射幸性の高い事業であるからこそ、適正な募集行為を取り締まらなくてはならないというジレンマを考慮した結果なのかもしれません。
※3 https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/dai2/siryou/20070918/01-3.pdf
5.保険計理人の独立性
日本アクチュアリー会ホームページでは、『計理人業務を受託可能なアクチュアリーが所属する法人会員』が紹介されています。(※4)
このように、社外に保険計理人業務を委託する場合は別として、多くの保険会社では、保険計理人を社内で選任することが多いと思われます。
もちろん、取締役会での選任が必須となりますので、恣意的な選任や解任は(少)ないと思われますが、独立性をいかにして担保するのかは非常に悩ましいところです。
筆者が名刺交換させていただいた保険計理人に、『取締役主計部長兼保険計理人』という肩書を持った方がいらっしゃいました。
もっとも、監督指針が制定される前でしたので、現在では、『取締役リスク管理部長兼保険計理人』という肩書の方が馴染みやすいかもしれません。
※4 http://www.actuaries.jp/actuary/keirinin-jutaku20190215.pdf
6.社会的信用
保険計理人の要件としては、保険業法施行規則第78条(保険計理人の要件に該当する者)に資格および経験年数が規定されています。
一方、年金数理人の要件としては、確定給付企業年金法施行規則第116条の2で、資格および経験年数に加えて、『十分な社会的信用を有するもの』という条件が付されています。(※5)
上述の『プロフェッショナリズム研修』を受講した際、某信託銀行の年金数理人の方から、『十分な社会的信用を有しないために、年金数理人になれなかったという人は聞いたことがない。』というコメントがあった記憶があります。
もっとも、社会的信用がなければ保険会社や銀行への入社・入行は難しいのかもしれませんが。
※5 http://www.jscpa.or.jp/become/test/index.html
7.保険計理人は気楽な稼業?
以前、監督指針の改正時のパブコメで一瞬、目を疑いたくなるコメントがありました。
具体的には、『保険計理人は意見書を書いて出せば良いだけの気楽な稼業となり、いわゆる計理人のモンスター化問題等、様々な問題が生じている可能性がある。』というものでした。(※6)
もちろん、保険計理人自身は、決して、『気楽な稼業』と思っていないと考えられますが、ひょっとすると、部下や他部門の方がみれば、保険計理人の業務姿勢に対する批判が蓄積されている可能性もあります。
公正公平な人事制度はもちろんのこと、部門や役職等に関係なく、風通しの良い職場風土の醸成には、役職員一同で協力しあう姿勢が必要ですし、保険計理人も専門職的立場から、特に未来ある若手職員の方々との対話を重視することが、長期的に見れば、会社の健全性向上に寄与するものと思われます。
※6 https://www.fsa.go.jp/news/27/ginkou/20160603-7/01.pdf
8.暗号作成者=アクチュアリー?
このコラムを執筆するにあたって、改めて自分自身の知識を整理するために、いわゆる『ネットサーフィン』を行いました。
その結果、とても興味深い資料を発見しましたので、ここで紹介させて頂ければと思います。
『リスク管理と保険計理人の役割』というタイトルの資料(※7)ですが、この資料の22ページに、国勢調査で使用する職業分類番号が紹介されて、
209他に分類されない専門職業的職業
209-99 他に分類されないその他の専門的職業:アクチュアリー、暗号作成者、・・・
とあります。
特に、『暗号作成者』というと愛読書の『ゴルゴ13』を思い浮かべてしまうのですが、楕円関数論に基づく公開鍵暗号など、数学の専門的知識とも深いかかわりがありますので、アクチュアリーと同列に扱われるのも不思議ではないかもしれません。
※7 http://www.olis.or.jp/hfea/pdf/20110922forum_kawarazaki.pdf
いかがでしたか。新型コロナウイルスの影響はテレビCMにも影響を与えており、例えば、携帯電話会社のCMでは、従前起用していた女優さん・俳優さんの代わりに、それらの方々に良く似せた『アニメキャラクター』が登場する事態になっています。今後、女優さん・俳優さんは不要?と思わせるほど、精巧な作りになっています。もちろん、アニメの題材となる女優さん・俳優さんが存在するからこそ、アニメ風のCMは成立するのでしょう。
AIに奪われる『職業』として『アクチュアリー』などの金融専門職が話題になることもありますが、アニメ風CMのように、芸能界が一番影響を受けるのかもしれません。アクチュアリーも芸能人も、生き残るためにはAIでの代替が難しい『独創性』を持つ必要があるのかもしれません。もっとも、『特許』のない保険・年金の世界では、アクチュアリーとしての『独創性』よりも、しっかりとした職業倫理を持った職務遂行が先決かもしれません。
上述の8.の資料の最後にある、
『自分の好きな分野で生計を立てられる人ばかりではない中、アクチュアリーは比較的恵まれている。』
というコメントが個人的には強く心に残りました。やりたいことを職業にできることが一番幸せかもしれませんね。
(ペンネーム:活用算方)