新型コロナウイルスと生命保険(続報)


ついに、新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言が、2020年4月7日(火)に発出されました。残念ながら、2020年4月13日(月)時点では感染者数は増加傾向にあり、一向に収束する気配がみえません。

また、生命保険会社のホームページでは、殆どの会社で、新型コロナウイルスへの対応(保険金、給付金の支払など)についてアナウンスされており、契約者等の不安を少しでも解消するための創意工夫が図られています。

一方、2020年4月8日(水)20時の日本経済新聞(電子版)では、明治安田生命が新型コロナウイルスによる死亡を「災害割増特約」の給付対象とすることが報じられており、普通保険約款における支払事由を拡大解釈する可能性が登場しました。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57826850Y0A400C2EE9000/

さらに、明治安田生命以外の大手生保3社についても、同様に「災害割増特約」の給付対象とすることが報じられましたので、同特約の給付範囲が少なくとも大手生保では足並みが揃うことになるかもしれません。
https://digital.asahi.com/articles/ASN4B7FTDN4BULFA054.html?_requesturl=articles/ASN4B7FTDN4BULFA054.html

なお、大手生保のうち、例えば、日本生命のホームページでは、新型コロナウイルスについて、「ただし、現時点では、災害死亡保険金のお支払い対象ではありません。」との意見表明がなされているため、もし、支払対象となった場合には、この表現が見直されるものと思われます。
https://www.nissay.co.jp/news/2019/pdf/20200317.pdf

そこで、今回のコラムでは、新型コロナウイルスによる死亡について、災害割増特約の支払事由に含めることの是非について、特に、アクチュアリーの観点から論点整理を試みたいと思います。

1.規定にないことの実行可否
まず、吟味しなければならないのは、そもそも、普通保険約款に記載されていないことを実行することの可否という点です。結論から言えば、『記載されていないこと≠実行してはいけないこと』という関係がありそうです。具体的には、少なくとも以下の3つの事例から、このような結論が得られそうです。

(1)骨髄移植(ドナー)の手術給付金
生命保険文化センターの資料
https://www.jili.or.jp/consumer_adviser/pdf/chapter8.pdf
によれば、昭和62年頃に手術給付金の対象となる手術の種類が145種類から88種類に変更(統一)されました。

この88種類の分類は長らく使用されましたが、プルデンシャル生命が、骨髄ドナー給付サービス「ドナー・ニーズ・ベネフィット」(DNB)を導入したことで、今日では、89番目の手術として採用されています。
https://www.prudential.co.jp/company/philosophy/first.html

当然、88種類の手術種類が列挙された普通保険約款の対象となる契約についても、この89番目の手術を追加適用することが考えられますので、(普通保険約款に記載されていない)支払事由を拡大した1つの事例となります。

(2)第三分野保険の定義(反対給付の是非)健康祝金
保険業法第3条では、生命保険業免許の範囲として、「人の生存または死亡」および「人が疾病にかかったこと」などが規定されています。しかし、「人が疾病にかからなかったこと」は法律上では明記されていないため、健康祝金や無事故保険金などについての根拠規定は、少なくとも、保険業法上に見出すことはできません。

このため、実務上は(特約ではなく)特則という形式でそのような給付を認めつつ、特則の付加は加入時点に限定し、将来、特則を解除する場合には、契約全体が解除されるといった措置を講じることとしています。このことも(保険業法に)明記されていない支払事由を拡大した1つの事例となります。

(3)自動振替貸付の導入
自動振替貸付とは、猶予期間中に営業保険料が払い込まれない場合に、解約返戻金(解約払戻金)の一定範囲内で営業保険料を自動的に立て替えて保障を継続する制度です。この制度も、それまでの約款には明記されていなかったものの、失効させることよりも保障継続が既契約者有利であるとの解釈から、遡及適用されました。
このことも、(普通保険約款に)明記されていない自動振替貸付を、実務上導入し、失効させない処理を拡大した1つの事例となります。

2.支払事由拡大のための要件
新型コロナウイルスによる死亡を災害割増特約の適用範囲とするためには、少なくとも、以下の3点が満たされる必要があると思われます。

(1)契約者の利益に資すること
言うまでもなく、支払事由拡大が契約者の利益に資することが求められます。
特に、新型コロナウイルスのような、かつて経験したことがないようなリスク(特に、感染症)に対して『災害』の範囲を拡大して、災害割増特約の支払事由とすることは、契約者の利益に資すると言えます。
ただし、契約者配当の財源との関係では、当然、災害割増特約の範囲拡大により同財源は減少しますが、契約継続者よりも死亡者を手厚く取り扱うことは、(すべての契約者が同ウイルスに罹患する可能性があるため)多くの契約者の賛同が得られるでしょう。

(2)支払財源の確保
上記の報道では、財源をどのように手当てするのかが明記されておりませんでしたが、少なくとも、危険準備金を取り崩すことは難しいように思えます。
実際、当準備金の取崩し基準としては、原則として、「危険差損が生じたとき」に限定されていますので、約款上の支払事由に明記されていないものを、意図的に(もちろん善意をもって)支払うことで危険差損が生じてしまうと、かえって、保険会社の健全性を揺るがす事態にもなりかねません。
したがって、単年度利益の範囲内で支払財源を確保することが望ましいものと考えられます。

(3)契約者間の公平性
新型コロナウイルスに罹患しなかった契約者(あるいは罹患しても死亡しなかった契約者)と、同ウイルスにより死亡した契約者との間で、公平性が保たれなくてはなりません。
何をもって、「公平」とするかは、各人各様の考えがありますので、加入者のできるだけ大勢が納得できるような取扱いが求められます。
もっとも、保険金支払と契約者(社員)配当の確保のどちらを優先すべきかという観点からは、前者を優先すべきとの意見が多いと思われますので、少なくとも、今回の措置においては、公平性が担保されている可能性が高いと考えられます。

3.今後の課題
仮に、今回の報道内容が正式に導入された場合、少なくとも以下の課題が生じるものと思われます。

(1)いつまで支払うのか?
東日本大震災などの場合には、比較的短期間で被害状況(特に、死者・行方不明者など)が把握されるため、保険金削減条項(死亡保険金などの支払対象となる被保険者の増加が著しく増加した場合に、死亡保険金などを削減できるという、約款上の規定)を適用するか否か、という判断も、比較的短期間で行われています。
実際、当時、生命保険協会長会社であった住友生命は、震災の翌日に、地震被災者に対する災害死亡保険金等の全額支払いを表明しています。
https://www.sumitomolife.co.jp/about/newsrelease/pdf/2010/110312b.pdf

一方、地震などと異なり、その被害が徐々に拡大していくようなリスクに対しては、早く請求した者は満額受け取れるものの、遅れた請求については財源の枯渇などにより満額の死亡保険金が受け取れなくなってしまうリスクも懸念されます。
例えば、支払財源の総額を事前に示すことで、無制限に支払うのではないことを何らかの形で公表することも考えられますが、遅れて請求を行った受取人からは、「危険準備金や価格変動準備金、場合によっては純資産も取り崩して、最後の最後まで満額を支払って欲しい。」と主張されるかもしれません。

また、保険会社の健全性を損なうような支払いは認められないでしょうから、ソルベンシー・マージン基準や実質資産負債差額等の健全性指標を下回るような支払額となる場合には、生命保険契約者保護機構への事後拠出のような、一時的な借入れの仕組みが必要になるかもしれません。しかし、本当にそこまでやるのかは微妙なところだと思います。

(2)新たな感染症への対応
仮に、新型コロナウイルスが無事に収束し、災害割増特約の追加支払も問題なく完了した場合でも、将来的に、新たな未経験の感染症が生じた場合、当該感染症による死亡の取り扱いが議論となる可能性が高いと思われます。
実際は、個別具体的に対処せざるを得ないでしょうが、保険加入者からすれば、「新型コロナウイルスの場合は災害死亡保険金が出たので、今回の○○ウイルスの場合も同保険金が支払われるはずだ。」という期待を抱いてしまう可能性が高いでしょう。

(3)会社形態の差異
穿った見方をすれば、株式保険会社の場合には、株主と契約者(受取人を含む)との利益相反関係があるため、逆に、当該関係のない「相互会社」だからこそ実現に踏み切れた、という解釈も成り立つかもしれません。
もっとも、大手生保4社のうち、株式保険会社が含まれるため、このような見方は成り立たないのかもしれませんが。
いずれにせよ、生命保険契約を締結した以上、少なくとも保険金支払に関して会社形態による差異はないようにして欲しいと願いたいところです。

4.アクチュアリーとしての留意事項
アクチュアリー試験、特に、第2次試験(専門科目)対策も兼ねて、本件に関する留意事項を列挙してみましょう。

(1)安全割増の守備範囲
いわゆる感染症予防法の「二類感染症」に含まれている、重症急性呼吸器症候群(SARSコロナウイルス)が流行した当時、災害割増特約等の営業保険料引上げ措置はなかったように記憶しています。
その根拠としては、これらの疾病による死者数がかなり限定的であり、予定(災害)死亡率に含まれる安全割増の範囲内で十分賄うことができるという考え方に基づくものと考えられます。
仮に、新型コロナウイルスについて同様の措置を講じるのであれば、安全割増の範囲内で十分賄えることが説明される必要があると思われますので、今後、どのような説明がなされるのかが注目されるところです。

(2)危険準備金等の取り扱い
上述の通り、危険準備金を取り崩して、本件支払に充当する場合には、危険差損であることが原則として必要になります。
一方、約款上の支払事由に明記されていない支払を加味して、危険差損であることを主張するためには、その合理性を法的に立証する必要が出て来るのかもしれません。
財源確保について、今後、どのような説明がなされるのかが注目されるところです。

(3)基礎率変更権との関係
教科書的には、基礎率変更権を導入していれば、予定発生率等を遡及変更できるのですが、変更基準や毎年の実績開示等もあるため、実際に導入することは難しいでしょう。
しかし、新型コロナウイルスの蔓延次第では、(第3分野保険のみならず)第1分野保険にも、基礎率変更権を導入する可能性が出て来るかもしれません。(もっとも、第1分野保険については、「戦争その他の変乱」条項を適用するという方法もあるかもしれませんが。)

いかがでしたか。10年以上前の話ですが、当時、「危険差益の拡大」を社内目標に掲げ、結果的に不払問題を招致した苦い経験から、今回の措置を率先して行ったのかもしれません。消費者としては、保障範囲が拡大することは、一般論として歓迎すべき事項と考えられます。
今後も、保険会社の公共性を鑑みて、契約者間の公平性等にも配慮しつつ、保険会社のあるべき姿を常に検討し続ける真摯な姿勢が、これまで以上に求められているものと思われます。

(ペンネーム:活用算方)□

あわせて読みたい ―関連記事―